330人が本棚に入れています
本棚に追加
第2話 喫煙室でカードゲーム!
前回までのあらすじ。
私が勤めている会社の若社長と、趣味の話で意気投合した。
飲みすぎて悪酔いして社長に迷惑をかけてしまった。
私は酔ったときのことをしっかり覚えていたので今すごく恥ずかしい。
「社長、あの……昨日はあの……本当にご迷惑おかけしてすみません……」
「いえいえ、お酒の失敗は誰にでもあるものですから」
申し訳無さでいっぱいの私に、社長は微苦笑を浮かべる。
「わたくしもよく取引先の社長にたらふく飲まされて酔い潰されたりするので、もっと上手いお酒の付き合い方を考えないといけませんね」
「そういうことあるんですね……」
藤井社長は若いので、そういったタヌキ親父に甘く見られたり一杯食わされることもあるのだろう。大変な世界だ。
今は昼休み。コンビニで買っておいたおにぎりを持って、私と社長はともに廊下を歩き、喫煙室へ向かっている。
だんだんタバコの匂いが強くなってきて、私たちは喫煙室の前に立った。
コンコン、と社長が喫煙室のドアをノックすると、「どうぞ」と中から男性の声が聞こえる。
「失礼します」
「し、失礼します……」
社長がドアを開けると、むせかえるようなタバコの煙が一気に押し寄せた。中では三人の男性社員がタバコを吸っている。彼らも傍らにおにぎりやらサンドイッチやらを置いているので、きっとカードゲームをしながら食べているのだろう。
「社長、その子は?」
タバコを片手に、男性社員のひとりが訊ねる。
「総務部の能登原さんです。彼女、『マジック&サマナーズ』をやってるんですよ」
「マジっすか!?」
社長の言葉に、男性社員が食いつく。
「えっ、スマホ版!? 現物も集めてるんすか!?」
「い、一応どっちも集めてます」
「マジか~! ちょ、ちょっとスマホ版のデッキ見せてもらっていいですか!?」
「は、はい」
男性社員たちの食いつきぶりに多少怯えながらも、なんとか私は反応を返す。
「えっえっ、これ排出率が低くて激レアなカードじゃないすか! それを二枚も!?」
「はい? ちょっとそれ初耳なんですけど、わたくしにも見せてもらえます?」
男性社員たちと社長は私のスマホを奪い合うように押し合いへし合いしながら画面を見る。
「え、もしかして能登原さん廃課金勢……?」
男性社員のひとりが怯えたような目で私を見る。いや、廃課金を見たときの恐怖は私も分かる。
「いえ、無課金勢です」
「嘘でしょ……リアルラックだけでこんなカード集まる……?」
「すごい豪運ですよね、能登原さんって」
何故か社長が誇らしげに笑う。
「これから能登原さんも喫煙室に遊びに来てもよろしいでしょうか?」
「もちろんですよ、大歓迎!」
「うんうん、デッキ見ただけでガチ勢ってわかったし」
男性社員たちは笑顔で私を歓迎してくれた。
「ほら、大丈夫だったでしょう?」
社長はにこやかに私に言った。
「ようこそ、能登原こずえさん。我々カードゲーマーはあなたを歓迎いたしますよ」
その後、私たちはおにぎりやサンドイッチ片手にスマホ版の『マジック&サマナーズ』でオンライン対戦をした。
スマホ版は全国のユーザーと対戦できるのだが、目の前に相手がいるカードゲームというのは本当に十年単位で久しぶりのことだ。勝っても負けても楽しい。小学校低学年の頃の記憶が蘇るようだ。
「それにしても、社長が女の子連れてくるなんてびっくりしたなあ」
男性社員のひとりがポツリと言った。
「ほんとほんと。とうとう彼女でも紹介するのかと思っちまったよな」
「……あまりからかわないでくださいよ」
社長は困ったような苦笑を浮かべた。
「ねえねえ、能登原さんは今フリー? 彼氏いるの?」
「あ、俺も社長の彼女じゃないならちょっとお近づきになりたいな」
「え、え?」
男性社員たちの悪ノリに、私は困惑する。
「おっと、出会い目的のカードゲームは見過ごせませんね」
「冗談ですって、社長!」
「社長、目がマジになってますよ。おーこわ」
男性社員たちは朗らかに笑いながら社長を茶化す。カードゲームを通じて仲良くなったのか、社長の眼力にも怯えない程度には親しい仲のようだった(あと、社長は顔が端正すぎて睨んでもあまり怖くないというのは私にとって新しい発見であった)。
ふと、社長が喫煙室の壁にかかった時計を見た。
「ああ、そろそろ昼休みが終わってしまいますね」
「あ、ホントだ」
「じゃあそろそろ解散しますか~」
男性社員たちは食事で出たゴミを片付け、タバコの火を灰皿に押し付けた。
「対戦楽しかったよ、能登原さん」
「はい、ありがとうございました。また来ます」
私はペコペコと頭を下げる。
「うん、またいつでも来てね」
「俺達は昼休みいつもここにいるからさ。もしかしたら増えてるかもしれないけど」
「我が社は意外とカードゲーマーが多いんですよ」
社長はそう言って心底嬉しそうに笑う。
喫煙室を出ると、総務部に帰る私に、何故か社長がついてくる。
「社長……? 社長室にお戻りにならないんですか?」
「ああ、いえ……ちょっと総務部に用事がありまして……」
「ああ、そうなんですか」
そのまま二人で総務部まで歩いていくことにした。
「能登原さん、いかがでしたか?」
「とっても楽しかったです! 誰かと対面したりみんなでわいわいカードゲームするの、久しぶりで」
「それはよかった」
社長はホッとした顔をする。
「ご気分を悪くされたのではないかと思って、安心いたしました」
「え?」
気分を悪くするような要素、あっただろうか。
「昨日も言いましたけど、私はタバコのニオイ、平気ですよ?」
「ああいえ、そうではなく」
社長はなんと言ったらいいものか、と視線をさまよわせる。
「その……わたくしの彼女、と思われたことなど、ですね……」
「え? それ気分悪くなることなんですか?」
私は思わず言ってしまった。
実際、社長の彼女と思われて気分を害する女なんていないと思う。こんな完璧スペックのイケメンと付き合ってると思われるなんてむしろ誉れというか……いや、こんな美形の隣に立つにふさわしいか考えると胃が痛む繊細な人もいるかもしれないが。私もそのタイプ。でも気分が悪くなるなんてことはない。
「社長、もっと自信持ってください。社長は充分魅力ありますよ」
魅力ありすぎて困るくらい。いや、イケメンすぎて困ることなんてストーカー被害くらいしかない。
多分社長は自分の顔がいいことに気づいてないタイプのイケメンだ。もったいないな。
「……ありがとうございます」
社長は困ったような照れたような微妙な顔をしていた。こころなしか顔が赤い気がする。
そうこうしているうちに総務部の部屋についた。
「そういえば社長の用事ってなんですか? 私で良ければお取次ぎしますよ」
「いえ、もう用事は済みましたので」
「え?」
「――能登原さんをお送りしたかっただけですよ」
社長はくすっと笑って、踵を返して歩いていってしまった。
今度は私の顔が赤くなる番だった。
ああ、自覚のないイケメンはずるいな。ホントずるい。
〈続く〉
最初のコメントを投稿しよう!