第3話 趣味バレと逃走!

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第3話 趣味バレと逃走!

 前回までのあらすじ。  若社長に誘われて喫煙室で男性社員たちと一緒にカードゲーム対戦した。楽しかった。  社長に喫煙室に連れて行ってもらった日から、昼休みに社長が毎日のように(というか、私が出勤している日は毎日)総務部に迎えに来るようになった。あと、定時で上がると飲みに誘われる。 「能登原さんと社長にいったい何が!?」と社内で持ちきりらしい。それはそうだろう。今までこの二人に接点はなかったのだから。私がストーカー的思考で今までわざと避けてたわけだし。 「能登原さんと社長って付き合ってるの?」  仕事中に隣の女子社員にどストレートに訊かれて、カタカタとパソコンのキーボードを叩いていた私は思わずタイプミスをしてしまった。 「……付き合ってないよ」 「本当に?」  まずいな、と私は思った。  社長があらぬ疑いをかけられている。私のせいで。  喫煙室でカードゲームしてるだけですよ、と言いたい。すごく言いたい。社長は何も悪くないと弁明したい。  でも言ったら私の趣味がバレてしまう。また「変わり者」だと言われて遠巻きに見られる光景が頭をかすめただけで身がすくんだ。  社長の名誉よりも自分の保身のことを考えてしまい、言葉に詰まる。私はなんと矮小な人間なのか。 「じゃあ、昼休み、社長と何してるの?」 「ご、ご飯食べたり……」  コンビニのおにぎりを食べながらカードゲームしてるので嘘はついてない。 「え~、社長と一緒に食事なんてうらやましい~。やっぱり付き合ってるんじゃないの~?」  女子社員は面白そうにグイグイ突っ込んだ話をしてくる。興味本位で社長の名誉を傷つけるのはやめてほしい。 「付き合っては、いないよ」  そもそも男女の付き合いというのは何が基準なんだろう。頭の中で哲学が始まる。  キスとか、セッ……ゲフンゲフンしたら付き合ってるのは私にも明確にわかる。では食事をしたら? 夜、一緒に飲みに行っただけで付き合ってる認定されるなら、私と社長は付き合ってるのか? 酒を飲みながらスマホを突き合わせてカードゲームで対戦してるだけだぞ? それって付き合ってるって言えるのか?  わからない……もう何もわからない……。  思考に夢中で一言も発しなくなった私を、女子社員がいぶかしげに見ている。 「能登原さん」  イケメンボイスにビクリと肩を震わせる。デジャブ。 「そろそろお昼休みなので迎えに来たんですが……大丈夫ですか? 顔色が若干すぐれないようですが」  社長は心配そうに私の顔を覗き込む。やめろ、そのきれいなご尊顔を近づけないでくれ。耐えられなくて、顔を背ける。 「社長って能登原さんとお昼休み、何してるんですか?」  私の隣の女子社員が、あろうことか社長に直接質問してしまう。  待って――。 「喫煙室でカードゲームしてるんですよ。能登原さんがカードゲーマーでして」  ――!?  社長があっさり言ってしまったので、私はぎょっとする。 「あ~、そういえば喫煙室ってカードゲーマーが集まって対戦してるんでしたっけ? でも能登原さんもゲームしてたなんて意外~」  女子社員はこれまたあっさり納得した。  ……あれ? 思ってた反応と違う。  私はもっと女子社員にドン引きされると思っていたので、拍子抜けしてしまった。 「でも、な~んだ。社長が能登原さんと付き合ってるのかってみんなでざわついてたからちょっとガッカリ」 「おや、付き合ってたほうが良かったですか?」  しゃ、社長! なんつー発言を!  私は驚きすぎて声も出せず、金魚のようにぱくぱく口を動かすことしか出来ない。 「いや~、付き合ってたらそれはそれで……社長はみんなの社長ですもんね~」  最後の「ね~」は私に向けられている気がした。牽制されている。 「そそそ、そうそう! 社長を独占するなんてとんでもないですよ、ね~!」  私はどうにか笑顔を作って女子社員と笑い合う。笑えてる、はず。  ――すっかり忘れてたけど、社長はイケメン若社長で、地位も金もあり、あらゆるスペックが高い。当然会社中の女子社員から掃除のおばちゃんまで心を鷲掴みにされ、虜になっている。社長は知らないだろうが、非公式のファンクラブまで結成されているくらいである。  多分ファンクラブ内で独占禁止法も敷かれているはずだ。私はファンクラブに所属してないから知らないけど、もし彼女たちの嫉妬の対象になったら、と考えただけで悪寒がする。職場内いじめ、という単語が頭をよぎり、女子に「変わり者」と呼ばれて忌避されていた時代を思い出してしまう。お~、くわばらくわばら。 「そんなことより能登原さん、お昼休みが終わってしまいますよ。早く行きましょう」  社長はウキウキとごきげんな様子で私の手首をつかむ。あーっ、社長、困ります! そういうの困ります!  女子社員の視線が肌に刺さる錯覚を覚えながら、私はなんとかカバンの中から携帯栄養食の入ったコンビニ袋を掴んで、社長に引きずられるように総務部をあとにした。 「昨日の夜、新しいデッキを組んだので、早く喫煙室に行って試してみたいんです。よろしければ対戦にお付き合い願えませんか?」  私の手を引きながら、少年のようなキラキラした笑顔で社長が言う。あー、好き……語彙力が溶ける……。  でも、私は、気分が重かった。 「……すみません、社長。私が一緒にいて、ご迷惑ではありませんか?」 「? どうしてですか?」  社長は弧を描いた口のまま、首をかしげる。 「その……私たちが、付き合ってるんじゃないかとか周りに噂されて……」 「能登原さんは、ご迷惑でしたか?」 「いえ、とんでもない! 社長のような素晴らしい方にお供できて、とても光栄です」  私は素直な気持ちを率直に伝える。自分にしては頑張ったほうだと思う。 「わたくしも能登原さんと一緒にいると楽しいですよ」  社長はニコニコしている。それだけで私はお腹いっぱいだった。 「だったら付き合ってしまいましょう」とか社長が言い出したら解釈違い起こすところだった。危ない。  私は社長が好きだし憧れているけど、あくまで趣味の合う仲のいい上司部下でいたい。色々こじらせている自覚はある。でもこれ以上踏み込んではいけない気がした。  会社の女子社員たちのこととか、ファンクラブの人たちのこととか、誰かに嫉妬されたり、嫌われるのが怖い。私はただただ臆病なのだ。 「…………ごめんなさい。今日は喫煙室に行くの、やめておきます」 「そうですか? 先ほどから顔色もすぐれませんし、体調でも――」 「すみません、失礼します!」  私は社長の手を振りほどいて、逃げ出してしまった。 〈続く〉
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