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 会社には30分遅刻して到着した。  席に着くなり、関口さんの嫌味ったらしい小言が耳に入ってくる。 「月曜から遅刻なんていい身分だこと。休日気分のままで会社に来られても周りが迷惑します」 「はい。すみません」 「パートだからって、あまり仕事を甘く見ないでください。気の緩みは大きなミスにも繋がりますからね」 「わかりました。気をつけます」  短く返事しながら、パソコンを起動して仕事に取り掛かる。  関口さんはそっけない私の態度が気に入らないのか睨んだまま、まだ何か言いたそうだったが、敢えて知らぬふりをした。  気分は最悪だった。モニタに映し出された通常業務の社内文書であっても、目を通すのが面倒でイライラした。そんな私の様子を隣の席から瑠美子がちらちらと観察している。その視線も嫌だった。  昼前に定例のパート面談で会議室に呼び出された。面談者は人事部の中年の男で、どこか冷めた目をしていた。  仕事にモチベーションはありますか、人間関係に問題はありませんか、社内の情報を外部に漏らしたりしてませんよね。いつも聞かれるお決まりの質問に、作り出した笑顔で会社が求める理想の回答をすらすらと返した。そう、途中までは完璧だった。だが……。 「ところで。高橋さんは結婚されていますが、家庭に問題などございませんか?」  予期しない唐突な問いかけに、そこで思わず言葉が詰まった。パート面談で家庭に踏み込んだ質問をされたことなど、これまで一度もなかったのに。 「仕事とは関係ない話で恐縮です。ですが最近、社員の間で家庭の事情によって出社しなくなる、もしくはできなくなるケースが多く発生しておりまして。パートさんであっても、急に出社されなくなると仕事が止まってしまうリスクを会社としては予防する必要があるのです。どうでしょうか、何か個人的な問題など抱えておられませんか?」 「全く問題など、ございません」  もうひとりの私が、極めてにこやかに即答する。すると男は満足したように軽くうなずいた。「では、引き続きよろしくお願いします」その言葉で面談は終了だった。私は立ち上がって深々と頭を下げると、会議室から出る。面談は問題なかった。おそらく契約は更新されるだろう。  時計を見たらちょうど12時を指していた。私は席に戻らず、そのまま食堂に向かうことにした。瑠美子と一緒に昼食を食べたくなかったからだ。それに、ひとりでじっくりと考える時間が欲しかった。  食堂に入ってトレイに乗せたのは、おにぎりとミニサラダだけ。今朝のこともあり全く食欲がなかったが、なにか食べないと多忙を極める午後の仕事をこなす体力がもたない。  多くの人でごった返すなか、空席を探してあたりを見渡していると、いきなり大声で名前を呼ばれた。 「優里、こっちこっち!」
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