第07話 二人で城下町散策

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第07話 二人で城下町散策

 驚くべき騒動――それは雪兎が鍛錬場の見学を始めて、しばらく経った頃だ。  手合わせがしたいと言い出した彼に、リューウェイクが木剣の扱いを教え、見習い騎士に相手をお願いしたのが発端だった。  初めは軽く打ち合うだけだったはずなのに、要領を覚えた雪兎の動きに相手がついていけなくなった。  さらには新人騎士と交代しても圧勝してしまったのだ。  最終的には部隊長と互角でやり合い、あと一歩というところで膝をつくという結果である。  負けはしても部隊長は団員を率いるリーダーだ。初心者でありながら、実力がほぼ互角というのは驚異的だった。  加護の影響かと思いきや、本人曰く身体(からだ)には別段変化はないらしく、元々の運動神経と反射神経、動体視力。  そして潜在的な戦闘能力がものを言ったわけだ。  経験を積んだなら、もっと頭角を現すこと間違いなしと言える。  おかげで剣を携える者たちにとって雪兎は、聖者と言うより英雄、勇者のような立ち位置になっている。  能力の高さを目の前で見せられて驚きはしたけれど、好意的に思う人間が増えて、リューウェイクは正直ほっとした。  本人は現状についてこれっぽっちも気にしていないとは言え、扱いの悪さについては国の人間として、早く改善したいと考えている。 「今日はまず鍛冶屋へ行くよ。ユキさん専用に打ってもらった剣はいい出来みたいだ」 「わざわざ作ってもらって悪いな」 「ちゃんと手に合う物を使うのが一番いいからね」 「なにからなにまで揃えてもらってるな」 「こんなのは当たり前だよ。ユキさんは誰がなんと言っても国賓だ」  素晴らしい剣の腕前を披露した雪兎のために、リューウェイクは彼専用の長剣を少し前に注文した。  落ち着いた見た目に寄らない行動力の持ち主なので、この先どんな要望があるかわからない。  夏にまた遠征があるので、ついていきたいと言い出す可能性もある。  実力がある者に対し、借り物を扱わせるのは良策ではないので、新しくあつらえるとリューウェイクが決めたのはすぐだった。 「リュイはよく城下へ下りているんだな」 「そうだね。わりと頻繁に下りてるかな。公務で視察を兼ねる場合もあるけど、騎士団の仕事のほうが断然多い」  愛馬たちを城下にある騎士団の詰め所に預け、のんびりと散歩気分で街中を歩いていると、あちこちから声をかけられた。  今日もリューウェイクは、第三騎士団の目印でもある黒色の騎士服をまとっている。  見慣れた者たちは気づくと皆、笑みを浮かべて会釈をしてくれたり、手を振ってくれたりした。  国王グレモントや王弟アルフォンソは雲の上の人物だが、同じ王族でも年若い騎士であるリューウェイクは、平民にとって身近な存在として認識されている。 「国民にとってのリュイは頼れる存在ってやつなんだろうな。目に見えない場所にいる存在より、近しい存在が人の心に根付くものだ」 「そんなに大した立場ではないけれどね。それよりも今日は中央広場に市が出ているはずだ。屋台なんかもいつもより多いかもしれない」 「昼は買い食いでいいな」 「うん。いいね」  出会ってからほぼ毎日、雪兎と過ごしているからか、リューウェイクはかなり気楽に会話ができるようになった。  家族も友人も得られない。  そんな日常を送ってきたリューウェイクにとって、雪兎と過ごす日々はなにもかもが新鮮で、心が浮き立つ貴重な時間だ。  リューウェイクが無意識にニコニコとしていれば、隣の雪兎は目を細めて満足げに笑った。  最初の頃は上手く話せず、何度も眉をひそめられたが、いまではリューウェイクの様子に喜んでいるのがわかる。  言葉遣いを強要されるという側面はあるけれど、実際は使う言葉を和らげたおかげで肩の力が抜け、自身の印象も和らいだ。  だからこそリューウェイクは、自分の表情の緩みに気づいても、雪兎の前では浮かべた笑みを誤魔化したり隠したりしない。 「店主、頼んだ剣を受け取りに来た」  表通りから数本裏道へ入った先に職人街がある。  建ち並ぶ店の一角、武骨な店構えの扉を開くと、すぐさまリューウェイクはいるだろう人物に声をかけた。  様々な武具が陳列されている店内は静かで人の気配がない。  それでも気にせずカウンターへ向かい、黙ってその場で返事が来るのを待つ。  店は客が来ると誰が来たか、判別する道具を扉に仕掛けているところがほとんどなのだ。  数分後。奥へ続く扉が開き、大きな体で窮屈そうに戸口をくぐる、髭面の男――店主――がやって来た。 「殿下、早いですね。連絡したのは昨日なのに」 「できるだけ早く受け取りたかったんだ。店主の剣を見るのは毎度楽しみだから」 「ははっ、そりゃありがてぇこった。聖者さまの剣だって言うから、ワシも張り切ったさ」  強面な顔をくしゃりと崩して笑った鍛冶屋の店主は、壁に備え付けられた扉の鍵を解錠し、中に収められていた縦長の包みを取り出した。  両手でカウンターに横たえられた包み。  覆う布をゆるりと解けば、鞘や鍔の装飾も艶やかで美しい、黒色の長剣が現れる。 「ユキさん、これは貴方の剣だから」 「どうぞ、聖者さま。手に取ってくだせぇ。ワシの傑作です」  リューウェイクは手を触れず、雪兎を剣へ導いて、彼の手で刀身が抜かれる様子を店主と一緒に見つめた。  姿を現したのは、なめらかな白金に似た輝きを持った刃だ。  使われている鉱石が非常に希少で、淡く発光しているように見えるのが特徴だった。  ほかにも聖女の魔力が付与しやすい特性も持ち合わせている。 「握りも違和感がなく、重さもしっくりくる。長時間、振り回しても負担が少なそうだ」 「剣は騎士さまにとって身体の一部ですからな」 「気に入ってもらえた?」 「こんなに素晴らしい物をありがとう。想像以上だ。大切にする」 「うん。なるべく傍に置いてあげるといいよ」 (ああ、良かった。素材にもこだわった甲斐がある。本当に嬉しそうだ)  鞘に収めた長剣を満足げに撫でる雪兎の仕草に、リューウェイクも自分事のように嬉しくなった。  白い刀身の美しさも、黒色の鞘の荘厳さも彼にぴったりだと、満面の笑みが浮かんだ。  鍛冶屋をあとにすると、二人は少し遅めの昼食を求めて、広場の中央から方々へ展開された屋台に足を運ぶ。  隅々までとはいかないものの、王都の道を覚えた雪兎は案内がなくとも、サクサクと進んでいった。  基本的に能力が高い彼は、方向感覚も記憶力も優れているらしい。  口を挟むことなく隣を歩くリューウェイクは、いい加減、雪兎の非凡さに慣れた。 「ユキさんはなにが食べたい?」 「がっつりめに肉が入ったやつかな」 「じゃあ……ここにしようか。柔らかいパンに甘辛く煮込んだ肉が挟まっていておいしいよ。辛い食べ物は平気? あっ、今日はフルーツケーキの店が出てるな。ユキさんはきっと好きだと思う。スポンジにクリームと果物がサンドされてるお菓子」  二人で目当ての店に並んでいると、リューウェイクは数件先に、見覚えのある屋台を見つけた。  振り向いた雪兎に指し示すために腕を上げれば、瞳を輝かせた彼がじっとそちらを見つめている。  小さな子供みたいな表情を見て、リューウェイクは口の端を上げつつ、笑みをこらえた。  冷静沈着、大人の男性といった印象がある雪兎が、甘味好きと知ったのは最近だ。 「僕が買ってこようか?」 「いや、俺が行く」  並んだ列を離れようとしたら、一歩先に雪兎が踏み出していた。  好物は自分で選びたい性格のようだ。背中を見送るとリューウェイクは再び笑いを噛みしめる。 「副団長、注文のパンを二つお待たせです。おまけも入れておきました」 「ありがとう」 「連れのお兄さんはどえらい美形でしたね」 「だろう? どこへ行っても目立つんだ」  いまの雪兎は裕福な商家の息子といった装いだが、相変わらずよく目立つ。  均整のとれた体つきは羨ましくなるほどで、髪色を帽子で誤魔化していても、顔の良さが眼鏡をかけたら逆に引き立ってしまった。  もはや覆面でもしなければ、整いすぎた顔を隠すのは無理だろう。  屋台で接客してくれる青年がちらりと横目で見た先で、雪兎は遠巻きに女性たちに見つめられており、男性ですらうっかり振り返る。  しかし苦笑いを浮かべながらも楽しげに、紙袋を二つ受け取ったリューウェイクにも青年は驚きをあらわにする。  その反応を訝しげに見ると彼はなぜか、リューウェイクを見つめてぽっと頬を赤く染めた。 「どうかしたか?」 「いえ、あの、最近の副団長はなんだか、表情が柔らかくなったと噂で、本当だなと」 「表情、そうだろうか?」 「いままでも穏やかな印象でしたけど、いまはなおさら素敵ですよ。綺麗なお顔がますます」  最後まで言葉を言い切らず、もごもごと声が小さくなった青年に、リューウェイクはわけもわからず首を傾げる。  それはいつもよりあどけない仕草だった。目の前の青年はさらに頬を赤く染め、わざとらしい作った笑い声を上げる。 (見た目か。そういえば平民は、同性同士の恋愛がかなり自由だったな。僕みたいなのでも、そういう対象に見られるものなんだな。一応は騎士だから、憧れ的な?)  真っ赤になった青年に見送られながら、リューウェイクは雪兎がいる場所へゆっくりと足を進める。  じっと観察し、視線の先で男女問わず振り返らせているのは、彼が貴族の装いではないからだとようやく気づいた。  貴族男性も、わりと性別を問わない恋愛を楽しむのだけれど、政略結婚や世襲の問題があるので、国が認める結婚はできない仕組みだった。  結婚をする相手は女性で、妻の許可が得られた場合に同性の恋人を持つことができる、という暗黙の了解がある。  だが平民は貴族と違い、結婚はほとんどが事実婚。ゆえに同性同士で教会に愛を誓う展開もありえるのだ。  だからこそ一見して平民に見える雪兎を、皆があからさまな反応で振り返るのは仕方がない。
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