102人が本棚に入れています
本棚に追加
「……一週間も眠ってたんだぞ」
パイプ椅子に腰掛けて、風間は言った。優しい声だった。胸にじんと沁みる。
「……なんで……」
「それは何に対するなんでなんだよ」
「……俺、あんたに何も言わないで出てきたはずだぜ。そりゃあ、武器と弾薬は失敬したけどよ。まさかそれで気付いたのか?」
「なわけないだろ。お前じゃねぇんだから」
風間は胸ポケットから携帯電話を取り出した。
「これの位置情報」
そんな単純なことで? と鶫は呆気に取られた。
「……俺、おっさんに監視されてんのか」
「人聞きの悪いこと言うなよ。何も普段から監視してるわけじゃねぇ。ここんとこ、お前の様子がおかしかったからな。突然断捨離始めたり、預金も急激に減ってたし。色々と入り用だったんだろ」
「えっ、口座も監視されてんの」
「当たり前だろ。お前の給料、オレが入金してるんだから」
「俺のプライバシーは……?」
「んなもん二の次だ。お前、オレが見つけてやらなきゃとっくに……」
風間は目頭を押さえ、溜め息を吐いた。
「……嘘だろ、泣いてんの」
「うっせぇバカ。マジで生きた心地がしなかったんだよ。雪に埋もれて、血塗れでぶっ倒れてるお前見た時、こりゃ死んでんなと思ったよ」
「ほっといたら死んでたぜ」
「急いであいつ……さっきの女医な。診てもらって……傷は塞がったのに、お前全然起きねぇし……」
風間は再び溜め息を漏らす。喉が震えていた。
「……悪かったよ、おっさん」
「全くだ。心配かけやがって」
「治療費いくらかかったんだ? 俺、がんばって返すからよ。腎臓一個じゃ足りねぇか?」
「三千万」
法外な値段に、鶫は目玉が飛び出しそうになった。
「お、俺の臓器全部でも足りないんじゃ……?」
「別に、これくらい必要経費だから気にすんな」
「でも」
「お前が生きて帰ってきただけで、オレは十分なんだよ」
風間は声を震わせる。決して涙は見せないが、鼻の頭が赤くなっていた。
「……おっさん。キスしてくれ」
「……お前な。曲がりなりにも病院だぞ」
「んなこと気にするタマかよ。いいじゃん。どうせ二人なんだし」
「……」
「ねーぇ」
よく知っている味がした。慣れ親しんだ、煙草の苦味。これが風間の味だ。一度失ったつもりでいたのに、結局またここへ戻ってきてしまった。
「っ、おい」
「あぁ? キスっつったらディープの方だろ。あんたも口開けろよ」
「……止まれなくなるぞ」
「誰が止めてくれっつったよ」
鶫は風間の首に手を回した。白い病室で、二人の男の影が重なる。
最初のコメントを投稿しよう!