第七章 帰りたい場所

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「鶫くん!? どこ行くん! そないな怪我で! 待ってぇや! 死んでまうよ! 鶫くんってばっ!」    司の声を振り切って、ひた走った。どうせ死ぬにしても、実家の連中に看取られるなど死んでも死にきれない。そうなるくらいなら、真冬の雪山で孤独に土へ還る方がずっとマシだった。    服を破いて包帯代わりにし、止血を試みた。血をぼたぼた垂れ流していては、見つけてくれと言っているようなものだ。野生動物にも見つかりやすいだろう。  しかし、今更こんなことをしたところで、一体何になるだろう。鶫は自嘲した。死ぬ覚悟はできていたはずなのに、いざ死ぬとなると、まだ生きていたいと抗ってしまう。生き延びたところで、命を持て余すだけだと分かっているのに。  いくら傷口を圧迫しても、出血が止まらない。鮮血が滲み出て、布を真紅に染め上げる。もう一枚布を巻いて縛り上げたが、使い物にならなくなるのも時間の問題だろう。  果てしなく続く漆黒の闇を、純白の雪がぼんやりと照らす。枯れ木に雪が降り積もる。桜が咲いているようだった。  歯がガチガチ鳴っていた。上の歯と下の歯を合わせようとしても、うまく噛み合わない。寒さに震えているのだ、と鶫は初めて自覚した。  鋭い冷気が千本の針となって肌を突き刺す。降り募る雪に靴がぐっしょりと濡れて、足の感覚がない。岩のように重たい足を、一歩一歩前へ踏み出す度に、無限とも思える労力を費やした。  何もかもが凍て付いていた。風も、空気も、時間でさえも。動けるものは何もない。ただ暗闇に舞い散る雪だけが、残酷なまでに美しかった。  鶫は雪の上へと倒れ込んだ。積もったばかりの新雪は、ふかふかとして暖かい。まるで極上のベッドだ。ここで眠ったら、さぞかし気持ちがいいだろう。  こんな醜態を晒してまで、思い出すのはあの人のこと。初めて会ったあの夜も、こんな風に雪が降っていた。  蒼く渇いた唇から微かに漏れ出る吐息は、瞬く間に白く凍り付く。雪の舞う明るい夜空へ、羽根のように舞い上がる。やがて闇の中へと散らばって、虚しく溶けて、儚く消えた。
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