第七章 帰りたい場所

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「……マジでいいのか?」    この期に及んで、風間はまだ躊躇する。鶫は、大股を開いた間抜けな恰好で、腹立ち紛れに舌打ちをした。   「散々人のケツ弄くっといて、そりゃねぇだろ」 「それもそうなんだが……指とこれじゃ負担が全然違うだろ」 「うっせぇなぁ。俺がいいっつってんだからいいんだよ。もう、早く……」    鶫は、脚を風間の腰に巻き付けて抱き寄せた。   「早く、あんたにめちゃくちゃにされてぇ」 「……っ」    立派な喉仏が、大きく上下した。   「ぅあ、ぁ゛、っぐ……」 「悪い。苦しいか」 「ちがっ、ぁ、はいって、く……はいって、くる、ぅっ」    男を受け入れるのはいつぶりだろう。少なくとも一週間、いや、二週間ぶりだろうか。もっとかもしれない。  今回の襲撃事件を機に風間の元を去るつもりでいたから、回数も頻度も減っていた。無意味な未練が残ってはいけない、と無意識のうちに考えていたことに、鶫は今更になって気が付いた。   「キツいな……」  風間は苦しそうに唸る。 「もう少し力抜けるか?」    濡れた睫毛や、左瞼の傷痕に、宥めるようなキスを落とされる。優しい唇に愛撫されて、くすぐったさが心地いい。甘やかされていると実感し、心が解けていく。しかし、処女のように閉じたそこが開くには、まだ時間が必要だった。   「……やっぱり一旦抜くか」 「やっ、ぬくな」 「お前もキツいだろ」    鶫は大きく胸を喘がせた。  確かに、苦しい。痛い。辛い。繊細な場所を拓かれ、内臓を直に触れられて、何も感じないはずがない。ましてや、腹に穴が空き、一週間昏睡状態だった身だ。性行為なんかしていい体ではない。正直かなり無理をしている。けれど。   「やだ、ぁ、ぬくな……っ」    鶫は風間の胸倉を掴んで引き寄せた。   「痛くてもいいからっ……あんたがほしいんだ……っ」    多少の苦痛なんか問題にならない。それらを容易く塗り替えるほど、風間が鶫に与える熱は甘美であった。  真ん中にぽっかりと空いた虚ろな穴を、風間はぴったりと埋めてくれる。寸分の隙間もなくぴったりハマって、もうこれ以上ないというほど満たされる。  甘美な痺れに酔いしれて、鶫はぽろぽろと涙を零した。まるで真珠のような、透き通った大粒の涙だった。風間はぎょっとした顔をする。   「なっ、おい……やっぱ傷に響くか? 抜くか?」 「ちげぇよ、うれしくて……」    鶫は泣きながら笑った。滲む視界に風間の驚いた顔が見えて、それがなんだかおかしくて、鶫は笑いながら泣いた。喜びで溢れる涙もあるということを、今初めて知った。   「……俺、やっぱあんたじゃなきゃだめみてぇ」 「っ……」 「……あんたのこと、俺の帰る場所にしてもいいか?」 「……」    鶫の太腿を抱えていた、風間の手に力が入る。爪が食い込み、鶫は眉を寄せた。   「いてーよ」 「っ……悪い」 「怒ってんの」 「なんで」 「……俺が変なこと言ったから」 「……」    一回り膨張した熱杭で、奥を穿たれた。鶫は声を裏返し、身悶える。   「ひっ……!? なっ、んだよ、急にっ……!」 「うるせぇ。こっちの気も知らねぇで、このクソガキ」 「なっ、やっぱ怒ってんじゃん!?」 「オレはなぁ! オレは……!」    唇の届きそうな距離まで、風間の顔が近付いた。出会った頃よりも皺の増えた目元が赤く潤んでいた。   「オレは、ずっと前からそのつもりだったよ」    唇がそっと重なった。触れるだけですぐ離れてしまって、それが無性に切ない。鶫が唇を尖らせて追いかけると、もう一度優しく重なった。   「泣くなよ、おっさん」 「泣いてんのはお前だろ!」 「ふは、それもそーか。しょっぺぇキス」 「帰る場所でも何でもいいけどよ。二度と勝手にいなくなるんじゃねぇぞ。今回はマジで寿命が縮んだ」 「ん……おっさん、俺のこと大好きだもんな」 「ああ、そうだな。愛してるよ」 「……っ」    胸にじんわりと沁み渡る、鶫の大好きな低い声が囁いた。途端に全身の毛が逆立って、鼓動が一足飛びに駆け上がって、胎の奥がぞくぞくと疼いた。ひとりでに痙攣して締め付けて、男の形を敏感に感じ取ってしまう。   「まさか、今のでイッたのか」 「ちがっ、いまのは」 「かわいいな、鶫」 「っっ!?」    ビクビクッ、と体が勝手に痙攣する。甘えるように中が締まって、男のものを締め付けて、それでまた快感を得るという、変なループに入った。   「ひっ、あっ、やだやだ、あぁっ」 「また軽くイッたろ。感じやすくてかわいい。鶫」 「あっ、んンっ、やめ、だめっ」 「名前言われるのがいいのか? つ~ぐ~み。鶫」 「ちがっ、て、やめ、……っ」 「愛してるぜ、鶫。愛してる」 「やっ、も……あんたばっかずりぃ!」    鶫は、腹に気合を入れて声を張り上げた。そうしなければ、ふにゃふにゃと甘ったれた声ばかりが漏れてしまう。緩慢な動きだけで何度も絶頂寸前まで引き上げられて、悔しいったらありゃしない。   「おれにも名前呼ばせろ」 「呼べばいいだろ」 「じゃなくて、本当の名前だよ」 「……」    風間は数度瞬きをして、鶫にそっと耳打ちした。   「――――」    初めて聞くその名前は、おっさんにはまるで不釣り合いな、明るく爽やかな響きだった。鶫は思わず噴き出した。   「何笑ってやがる。失礼な」 「だってよぉ……ふふっ」    鶫は嬉しくなって風間に抱きついた。うまく力の入らない腕で、ぎゅうっと力いっぱい抱きしめた。   「おっさんは、やっぱおっさんがいいな」 「まぁ、マジでもうそういう歳だしな」 「渋くてイケてると思うぜ」 「そうかよ」    風間は鶫をしっかりと抱きかかえた。激しく奥を突き上げられると、傷口が今にも開きそうになる。それがちょっとだけ痛くて、でも嬉しくて、気持ちがいい。鶫は風間にしがみつき、全身でその熱を感じた。   「……好きだぜ、おっさん」
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