第一章 プロローグ

6/7
前へ
/64ページ
次へ
「あっ!」    鶫の高く掠れた声が響く。   「あ、あ、あっ」 「苦しいか?」    苦しげに眉を寄せて唇を噛みしめながら、鶫は首を横に振る。所在なげに両手を彷徨わせて枕を掴み、顔を押し付けて抱きしめた。くぐもった声が僅かに漏れ聞こえる。   「おいこら、なんで隠すんだ。顔見てしたいんじゃなかったのか」    鶫は首を縦に振る。   「じゃあなんでだよ。オレもお前の顔見てぇんだけど」    鶫は首を横に振る。   「何がダメなんだ。恥ずかしいのか?」 「っ、だって、こんなの……」 「別に、えげつねぇアヘ顔晒されたところで今更驚きゃしねぇよ」 「ち、ちげぇ、し……」 「ほら、顔見せろ」 「ぁ、や、……っ」    風間は、鶫の抱きしめていた枕を奪い取った。  果たして鶫がどんな表情で善がっているのか。とろとろに蕩けたいやらしい顔か。恥じらいを残したあどけない顔だろうか。と密かに期待をしながら枕をどかした。  それは涙だった。涙でべしょべしょに濡れていた。それでいていやらしく蕩けてもいるし、あどけなく火照ってもいる。風間は狼狽えた。   「おま、なん……な、なんで、泣いて……」 「知らねぇ、かってに……勝手に出てくる」    鶫はごしごしと瞼を擦り、ぐすぐすと鼻を啜る。   「バカ、痛めるぞ」    風間は鶫の涙を拭った。舐めると塩辛かった。   「ぅ……やだおれ、こんな……」 「嫌なのか」 「だって……こんなんなるの、初めてだ」    鶫は掠れた声で呟く。   「……あんたのが中にあって……胎ン中、すんげぇ熱くて……なのに、全然いやじゃねぇんだ。こんなの変だ。なんで……?」    鶫は黒い瞳を潤ませ、縋るように手を伸ばす。風間はその手をしかと握った。   「おっさん、あんた何者なんだ? 俺の特別な何かなのか?」 「……さぁな。でもお前、気持ちいいならそう言ってくれねぇと分からねぇよ」 「気持ちいい?」 「胎ン中、熱いんだろ?」 「う、ん……熱い」 「それで?」 「な、んか、じんじんして……」 「それから?」 「奥が……ぁ、おく、が……っ」 「気持ちいいか」 「っ!? やだっ! おっさんとまれ! とまれって!」 「気持ちいいんじゃないのか」 「やだっ、いやっ、おれ変だ! おかしい! こんな、こんなの……あぁっ、いやだ、変になる!」    枕でなく、鶫は風間にしがみついた。脚を腰に絡め、腕を背中に回し、爪を立ててしがみついた。   「ひっ、あぁ、いやだ! 変だおれ、おかし、おかしくなる、っ!」 「いいんだよ。セックスってのはそういうもんだろ」 「せ、くす? これが?」 「違うか?」 「そ、なの……? わかんね、けど……」    鶫は、甘えるように風間の頬に唇をすり寄せる。温かく柔らかい唇が、風間の頬を甘く食んだ。   「……きもちー、かも。風間さん」    甘く掠れた吐息まじりの囁き声。その破壊力たるや。風間は心臓を撃ち抜かれたように感じた。一発の弾丸が正確な弾道で心臓を貫く。   「ァあっ!? あっ、ァ、やだ、やっ、はげし、ゃ、つよいっ!」 「そのままイッちまえ」 「あ、ぁあ゛、いや、ぁ、いやぁ゛、……――っっ!!」    ぎゅうう、と鶫は小さく縮こまる。風間にしがみついて、ビクビクと痙攣する。   「ぅあ、ぁ、でて、でてる、なか……」 「悪い」 「すげ、あつ……きもちー……」    鶫は譫言のように呟くなり、白目を剥いてぶっ倒れ、電池が切れたように深い眠りについた。
/64ページ

最初のコメントを投稿しよう!

96人が本棚に入れています
本棚に追加