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鶫の体は風間の想像以上だった。男も女も然程変わらないらしい。
男を手玉に取る小悪魔のような側面と、穢れを知らない乙女のような側面を併せ持つ鶫だが、体の具合から察するに男を知っているのは明白だった。しかも一人や二人ではない。何年もかけて何人をも相手にしている。この歳で、一体どこで仕込まれたのだろう。
鶫の泣き腫らした寝顔を見ながら、風間は詮ないことを考えた。過去の詮索を始めたら、鶫はこの家を出ていくだろう。風間は直感的に分かっていた。
「……煙い」
目を覚まして開口一番に、鶫は文句を垂れた。
「よう寝坊助」
「もう朝?」
「昼近いぞ」
「おっさん、どこで寝たんだ?」
「ソファ。おかげで早く起きちまった」
「ふは、おっさんは早起きだ」
「るせぇ。飯にするか?」
「ピザ」
「ピザは昨日食ったろ。ピザトーストにするか」
「えー……そんならサンドイッチがいい」
「へいへい。注文の多いガキだな」
「たまご多めにして」
「分かったから、さっさと顔洗えよ」
二人の物語はまだ始まったばかりだが、これ以上深い仲になることはないだろう。何しろ、風間は鶫のことを何一つ知らない。鶫もまた、風間のことを何一つ知らない。そして、お互いに知らないままでいいと思っている。
「おっさーん、このタオルそろそろ臭いぜ」
「適当に替えといてくれ」
「この青いのでいいの?」
「何でもいいよ」
知らなくていいことを知る必要はない。風間はそう思っている。少なくとも、今の時点では。
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