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第二章 永い回想
一般には知られていないが、この国を陰から支え守っているのは、人智を越えた不思議な力――霊力を操る陰陽師である。
陰陽道の本家本元である陰陽五家、その中でも特に血筋と伝統を重んじる梔子家嫡流の男児として、鶫は生を受けた。しかし、肝心要の霊力を一切宿していなかった。
霊力がなくては、霊を祓うことはおろか、霊を認識することもできない。梔子家における鶫の扱いは、それはもう酷いものだった。
「オマエ、ほんまにコレが見えへんのか」
今日もまた、家中の術者が寄ってたかって鶫を嬲る。
彼らが鶫の顔面に突き付けているのは低級の悪霊――物の怪と呼ばれるものである。視える者の目には、汚泥が芋虫のような形を成したものとして映っているが、鶫の目には何も映らない。
「哀れやなぁ、鷲一おじさんも。ほんまなら当主になるはずやったのに、オマエみたいな出来損ないを作ってもうたせいで人生パァや。息子が親の足引っ張ってんねんで。恥ずかしゅうないんか」
「何とか言うたらどうや。口ついてへんのか」
「何やその目ぇ。またやられたいんか」
こんなことは日常茶飯事である。こういう時、鶫は一切の感情を葬って、災難が過ぎ去るのをただ待つ。喋っても喋らなくても、睨んでも睨まなくても、どちらにしろ殴られる時は殴られる。
「劉哉くん、また鶫くん苛めてるん?」
小学生くらいの幼い少年が現れた。
「司か。こいつは苛めやない。躾や。犬畜生には必要なことやろ?」
「鶫くん、わんちゃんなん」
「躾がなってへん駄犬や。司、あんまりこいつに近付くなよ。犬臭くなんで」
「わんちゃんなら散歩してあげなあかんやん」
少年に悪意はない。悪意はないが、一同はどっと沸いて笑い転げた。
こんなことは日常茶飯事だ。年下の従弟も、年上の親戚も、名前すら知らない若い術者も、家事を担う女中連中も、梔子の屋敷に住まう者は全て例外なく、鶫をこんな風に扱った。
*
司は鶫を気に入っていた。理由は本人にもよく分からない。劉哉を筆頭に若い術者達から厳しく躾けられた後の、ぼろ雑巾みたいにぐったりとしている鶫は、雨に打たれた子犬みたいで愛嬌があった。
「鶫くん、も少し大人しゅうしとったら、劉哉くんもそないにしいひんのと違うん?」
「……」
「鶫くん、聞いてるん? 濡れタオル持ってきたったやん。えらいやん、ぼく。褒めてぇや」
「……頼んでない」
「頼まれのうても分かんで。鶫くん、泥だらけやもん。血も出てるもん」
「……」
「ほんなら出かけよ。お庭新しゅうしたさかい、鶫くんも見てぇや」
「は、躾の次は散歩かよ」
「ええやん、お散歩。楽しいで?」
「……」
「えっ、もう戻るん? もっとお話しようやぁ」
「……俺と関わると碌なことないぞ。パパに言われたろ」
「そやけど、パパはパパやん。ぼく、鶫くん好きや。おもしろうて」
「……」
鶫は司を無視して自室に戻ってしまった。
いつもこうだ。司が一生懸命話しかけて纏わり付いて、時には助けてあげたりもしているのに、鶫は司をまるで見ようとしない。いつだって感情のない冷めた表情をしていて、暗澹とした昏い瞳には光を一切映さない。
「ちぇー、やっぱし鶫くん嫌いや。このぼくがこないに言うたってるのに」
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