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ただ健康であれ。学力や魅力は無くてもいい。そう願って兄弟に健太、康太、と名付けたのに、康太は先天性の障害があった。
肝臓がうまく機能しないのだ。
ワシは以前、一時帰宅した康太を見たことがある。おっかなびっくりワシを撫でる手は幼子のそれとは思えないほどむくんでいて、小さな顔は黄色く変色していた。
夢中でプリンをほおばる健太を見る。この子はすくすくと成長し、もう幼児から少年へと変わろうとしている。我々猫と同じように、若い力の伸びはすさまじい。生命の不思議と力強さを感じる。
英子がスマートフォンで何かを話している。きっと相手は父親だろう。少し抗議するような口調で、やがて悲しそうに眉毛を下げ、諦めたように電話を切る。
「プリンごちそうさまでした」
口のはしにカラメルをつけたまま、健太が笑顔で母親に皿を返した。
「健ちゃん、ごめんね」
英子は息子から皿を受け取り、悲し気に目線を合わせた。
「週末の遊園地、行けなくなっちゃったの。パパが急な出張になってね。ママも康ちゃんを看病しに病院まで行くから、お昼はお家でお留守番していてね」
「ずるい!」
健太の顔がくしゃくしゃにゆがんだ。
「康ちゃんばっかりずるい。一か月も前に約束してたのに、康ちゃんばっかりずるい」
健太が大声を上げ、床を踏み鳴らす。
「ごめんね健ちゃん。でも、康ちゃんは病院で辛い思いをしてるのよ。ママが行って安心させてあげないとね。そうだ、帰りにお菓子買ってきてあげる。チョコがいい? アイスがいい?」
英子は健太の頭をポンポンと叩くが、健太の大声はおさまらない。
「何にもいらない。ボク、何にもいらない。遊園地行こうよ、遊園地。約束したでしょ。約束、約束」
「ああ、もう、うるさい」
黙って耐えていた英子だが、ついに我慢の限界をむかえた。健太を突き放す。
「康ちゃんにはママがいなきゃいけないのは知ってるでしょう。康ちゃんがどうなってもいいの? どうしていい子にしてられないの」
「モフー」
母親に怒鳴られた健太は、目から大粒の涙をこぼしながら、真っ赤な顔をしてワシに抱き着いた。
老体には少しきつい力だが、そこは我慢して大人しく抱かれてやる。舌で涙をなめとってやった。少しの塩からさを感じた。
ワシにできるのはこれくらいだ。
これくらいしかない。
命を救ってくれた大恩に、どうすれば報いてやることができるのか。
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