モフの決意

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モフの決意

 最近身体がだるくなった。  英子が息子の看病の合間に動物病院に連れて行ってくれた。  採血をする。  ワシの腎臓は、かなり悪化しているという診断だった。年のせい。治る見込みはない。  深夜、ペット用ベッドに横になりながら毛皮をなめる。ハリもツヤも無くなっていた。ただボソボソとした感触しかない。  英子は久しぶりに帰宅した夫、健太、康太の父親と議論している。 「康ちゃん、もう肝臓移植しか助かる道はないんでしょう。健ちゃんには悪いけれど、アメリカに渡航して移植してもらうしか手がないんじゃない。あなたのビジネスの伝手で、どうにかならないの」  夫は大手総合商社の部長だ。ワシの聞く限りでは、最年少の部長らしい。東京とニューヨークを行ったり来たりしている。 「最近円安で渡航費用もバカにならないんだよ。何とか費用をひねり出すには、もう健太の大学進学費用を崩すしかない。言い方は悪いかもしれないけど、さすがに弟の人生のために自分の大学進学が不可能になったと知ったら、健太は俺達を許さないかもしれないぞ」 「でも、康太の助かる道はそれしかないんでしょう。あなたは康太がどうなっても良いって言うの」 「そんなことは言ってない。俺だって康ちゃんは可愛いさ。でも、お前の愛情と、俺の財力の全てを康太にだけつぎ込むのはちょっと違うと思うんだ。健ちゃん、母親がいなくていつも寂しい思いをしていると思う。それを我慢してるんだから、すごいよ」 「今まではモフがいたから」  英子の視線がワシに向いた。 「でも、モフももう寿命だって。近いうちにお別れよ。そしたら、次の猫なんて飼う余裕はない。全部康太につぎ込まないと」  そうか。ワシはもうすぐ健太とお別れか。もう目も足も不自由になってきた。高くしなやかにジャンプすることができなくなって久しい。  ワシは健太のベッドまで歩き、無垢な寝顔をひと舐めした。瑞々しい子供の肌だった。  ワシは放っておけばあと数か月の命だ。残りの寿命を全て捧げて、この愛しい家族を守りたい。 『裏山の老猫、バケルに弟子入りすれば化け猫になることができるという』  この言葉に賭けてみるしかない。  夫が「残業がある」と言って英子にキスをし、静かに玄関の扉を開ける。ワシはその隙間から外に出た。  
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