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孤独な子
裏山の老猫、バケルに弟子入りすれば化け猫になることができるという。
「お母さん、モフ、ただいま」
ワシの浅い夢は健太の大声で途絶えた。一気に現実に引き戻される。
小学2年生の健太は、昨年までの、ランドセルに押しつぶされるのではないかと不安になる弱弱しさが無くなった。堂々と教材の詰め込まれたランドセルをテーブルに置く。
「モフ、ただいま」
ぱっちり目を開いて、リンゴのようなほほをした健太が、ワシを言葉通りモフモフと撫でる。ワシは昔のように飛びついてじゃれたいが、身体がいうことを聞かない。もう15歳、老境だ。
幼稚園のころより少し皮が厚くなった健太の指を荒く舐め、ミャウ、と返事をする。
「健太。お帰り。ちゃんと手洗いうがいするのよ。コロナに加えて、インフルエンザも流行ってるんだから」
母親の英子が努めて優しく、しかしどこか余裕のない返事をする。
「はあい」
と健太はすぐに洗面所に向かった。
ワシは英子を見る。彼女はワシの恩人だ。
もう7年も前だろうか、路上で糊口をしのいでいた野良ネコのワシを、家庭に招待してくれたのだ。白と黒のまだらの猫。お世辞にもかわいいとは言えず、むろん血統書などの高貴な血筋ではない。
健太を身ごもったお腹をさすりながら、ワシにペットフードを食べさせてくれた。その時の美味さは忘れられない。
「健太、冷蔵庫にプリンあるから」
と言った英子はまだ30代前半。普通ならば成熟した女の魅力にあふれる時期だが、リビングを掃除している彼女はどこか慢性的な疲労に侵され、肌のつやもない。
原因は分かっている。健太の弟、康太だ。
康太は5歳。今は中央病院の小児科病棟に入院している。
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