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その後、池を見ている神田に、
「この国の民衆は戦争など望んでいません。朝鮮とのことも明代以来の伝統的な関係によるもの。それが何で、朝鮮の独立、内政改革という話になるのでしょうか?朝鮮は昔から独立国です。礼節を重んじ豊かなる文化を持つ国であり、その尊厳を中華は認めています」
と李全徳は説明した。
「分っております、女官殿。私は地位は高くない軍人ですが、帰国したら、できるだけ上官・同僚などを通じて日清和平に心を尽くしましょう」
7月12日、閣議は、絶好書の手交を小村公使に命じた。
小村は、その電文に手を入れ、より挑発的な内容とし、これを清国政府に提出した後、公使館の撤収にとりかかった。
あわただしい中、神田は小村に問うた。
「やはり戦争になるのでしょうか」
「そうだ、貴官も軍人ならば、やる方に頭を切り替えたらどうだ?」
小村は、神田が開戦に消極的なことを知っている。
「これは清国との問題だけではない。いわば日本の国の形を変える戦いなのだ」
「国の形を変える?」
「いつまでも維新体制でやるわけにもいくまい。これまでは維新生き残りの人たちの寄り合いでやってきた。それを我々、明治第二世代もくわわってやっていこうということだ」
日向の小藩・飫肥の出身で藩閥政府にはなかさせれてきた小村がいった。
「戦争をせずとも国の形は変わると思いますが」
「どのようにだ?」
小村が問うた。
「政党か」
小村は鼻で笑った。
「あんなものシャドウ(影)だよ。薩長政府からはじかれた連中、民権派崩れのゴロマキどもの不満のはけ口になっているに過ぎん。日本の政党には、これに命を賭けるというものがおらん。大衆的背景というものをもっておらん。私はそんなものに、この国の運命を預けるわけにはいかない」
「本当にそうでしょうか?戦争をやれば、日本を国際的舞台に引っ張り出し、のっぴきならない事態にもなりかねません。それよりも、小国として、まずは国内を整えるのからはじめるべきではないのでしょうか」
「整える、というのは政党内閣を作ることかね。君はまだ若い。私もそうだったが、まず若い頃は、まず与えられた実務に専念することだ。年をとり、地位が上がれば、自然、実務に疎くなり求められた判断にも響く。それを考えて行動することだ」
続けて小村はいった。
「とにかく戦争だ。その戦争、タークーの要塞の備えもできていない。北洋艦隊への休養も満足ではない。勝てる戦争だ。勝って日本は強いというところを見せねばならん。安政以来の不平等条約を改正するためにも、是が非でも、この戦争に勝たねばならんのだ」
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