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女学校へ戻ると、まだ在校していた教師がいた。
蓮田里子という教師で24歳だった。
結衣が戻ってきたのを見ると、
「ヒロ子さんの家で夕食を済ませてくるかと思ったわ」
とその帰校時間が早いのに驚いた。
「ヒロ子さまのお父様が帰ってらしたのでビックリして」
結衣がいうと、
「あなたも私と同じで軍人が苦手なのね」
と意味ありげにいった。
翌日、その里子に事件が起きた。
警察が俄かに訪れ、里子を連行しようとした。
「不満分子の予備検束ですか」
戦争は近い、ということですね。
里子はうそぶいた。
「黙れ、このアカ教師」
警官はある新聞を出した。
「戦争が近いと不穏な噂を書いたのは貴様だと分かってるんだ」
「先生」
結衣が飛び出して行くと、
「貴様もしょっぴかれたいか」
と丸めた新聞紙を頭にたたきつけられた。
「大丈夫。すぐ戻ってくるから」
さめた表情ながら優しくいって、里子は引かれていった。
その姿が見えなくなったとき、 結衣は新聞を拾った。
広げると鉛筆である段落がかこってあった。
そこが里子が書いたものらしかった。
「藩閥政府は私たちに憲政国家という器を与えた。しかし、その実は憲政国家という器によって、藩閥政府は無限の独裁を得た。維新以来27年、藩閥政府が育成した官僚と軍人は、共同体独裁という世界史にも例がない強力な官僚独裁を確立した。この独裁は、我々、国民生活よりも対清戦争準備に狂奔し、重税と封建的支配を私たちに課している。現状、政府の議会対策は行き詰まっており、維新以来の殖産興業が失敗したのは、昨今の不景気を見れば容易に分かるところである。政府は、かつて秩父や佐渡島の民衆弾圧に用いた強力な軍隊を、今度は朝鮮半島に対して用いて、それで国民の目を欺こうとしている。我々は騙されてはいけない。国策の行き詰まりを打開するための対外戦争の先に待っているのは、更なる重税と抑圧のみである。今、我々がなすべき最良の策は戦争の抑止にある。戦争がなければ、今の世を支配する藩閥政府は、最早、3,4年のうちに瓦解することであろう」
新聞を読んでいる結衣のもとに、ヒロ子が来た。
「なぜ、先生が連れてかれるの?」
「先生は、明治23年の米騒動のとき、佐渡島の暴動を扇動した疑いをもたれているのです。先生は、あれから師範学校で苦学して、今は立派に教壇に立っているのに」
新聞を握り締めて、わなわなと結衣は泣いた。
は動揺した。
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