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その児玉は陸軍省の中で孤立していた。
開戦必至のこの時期、大山巌陸相は児玉を呼び、
「児玉サン、こん戦争ごつ、どげん思われもすか?」
と尋ねた。
すべきか、そうでないか、の質問と感じた児玉は、
「それは伊藤総理以下の文官各位が合議の上、お決めになることです」
と当たり障りのない答えをした。
「そいでは困りもす。おいは軍人といえども閣内の一員。伊藤総理から乞われれば意見をいわちゃあなりもはん」
「それでは申し上げますが、この戦さ、やるべきではありません。まず戦争目的が曖昧であります。クラウゼヴィッツの戦争論にも、ある国が他国のために戦うということはありえない、とあります。おそれながら、朝鮮の内政改革を目的としておりますが、そのようなことをする余裕も理由もわが国には無いはずです」
児玉が、さらに補給線が確保されていな現状と総力戦を支える国内経済が、長引く不況で芳しくないことも反対の理由とすると、
「児玉サン、ああたは政治というものが分っておりません。この戦さは、たしかに無名の師でごわすが、今は国家は立ち上がらなければなりません」
と大山がいった。
「おそれながら、国家とはいずれのことでしょうか?日本全体といわれるのであれば、食うに事欠く有様の庶民が戦争など夢想だにしていないと思われますが」
児玉は続けていった。
「もし藩閥政府を存続させるためだけに行うのであれば、私は開戦に同意できません」
「児玉サン、ああたは清国に勝てる作戦だけを考えてください」
大山の言葉はそれだけだった。
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