父の再婚

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父の再婚

母君を亡くした姫は、 (いつも優しく温かく、私を見守り愛して下さったお母さま。どうして、私を残して旅立ってしまわれたの?) と、朝から晩まで泣き暮らす日々を送っていた。 悲劇はそれだけではない。 母君が今際の際(いまわのきわ)に、姫の頭に載せた手箱と鉢。それは不思議と重くはなかったが、奇妙なことに頭にピタリと貼り付いたようで、誰も外すことが出来ない。 最初は父君が、それから強力(ごうりき)自慢の武者、相撲取りといった人たちが、姫の頭から鉢を取り除くべく奮闘するが、びくともしなかった。 以来、姫は『鉢かぶり姫』と呼ばれるようになってしまった。 不思議なもので、鉢の下には愛くるしい姫君の顔が隠れているとわかっていても、周囲の人々には、どう見ても不気味な異形(いぎょう)としか思えなくなってくる。 父君のほうも、ずっと亡き妻のことを忘れられず、涙にくれる毎日を送っていた。その点は、娘である姫と同じである。 慰め合いたいと思うものの、頭部が黒塗りの鉢という娘の姿を前にすると、不憫さよりも白けた心地が勝ってしまう。恐怖心もあったかもしれない。 何年か経ち、周囲から勧められ、備中守は後添いを貰うことになった。 新しい妻は、前妻に勝るとも劣らない名家の出身であったが、容貌や教養、人柄はかなり劣るようであった。 (あの方(前妻)(まさ)っているのは若さだけか……) 最初はそんなふうに思っていたが、新しい妻と共に過ごすうちに、亡くなられた御方の記憶は次第に薄れていってしまう。 (まこと、人の心は移ろいやすい)と、自分でも呆れる思いがする備中守であった。 一方、後妻である北の方は、初めて備中守の屋敷に来た日から、姫のことが(うと)ましくて仕方なかった。 正直に言うと、おぞましいとすら思ってしまう。 (まったく。なんでこんな気持ち悪いと同じ屋敷で暮らさないといけないのかしら?) そう思いつつ、姫の姿をまじまじと見る。 (おや⁉︎ この姫は!) 姫の姿形や立ち居振る舞いは意外にも美しい、と北の方は思った。袖口からのぞく手、すんなりと長い白魚のような指。 さらに、天上界から降り注ぐ迦陵頻伽(かりょうびんが)の歌声を思わせるような声には聞き惚れてしまうほどである。 【註】 迦陵頻伽) 上半身は美女で下半身は鳥の姿をした、極楽浄土に住む伝説上の鳥。比類なき美声で歌うと言われる。
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