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無駄にも思える大家との会話
「ですからね、アテクシも意地悪をしようだなんて思っているわけではござんせんのよ」
「ええ、そうでしょうとも」
「けれどもね、お宅様のお仕事のことを思いましたらば、一応はね、大家ですもの。口を出させていただくしかありませんでしょ」
「仰せのとおりです」
「面倒な大家とお思いかもしれんせんけども。アテクシ、そちらさまのことを思えばこそ、お話しさせていただいておりますの」
「もちろん。重々、承知しております」
山から下りてくる小路に直角に突き刺さる丁字路の、ちょうど交差点の部分、丁の縦棒を受け止める場所にこの建物は立っている。
古めかしい外見どおりの建物で、人の法律に従って耐震基準やら防火基準やら現在の建築法どうこう言い出したら、絶対に修理よりは建て直した方が早いに違いないくらい、古い建物。
一見レンガ造りの四階建て、窓は一応サッシになっているものの玄関は手動の重々しい扉で、当然、エレベーターなんて便利なものはない。
ないところで、ここに住むモノたちにはあまり弊害はない。
住んでいるのは俺たちを含めてすべて、人にまぎれて暮らす妖だからだ。
暁と呼ばれる俺は八咫烏だし、同居している梅路は鴉天狗だ。
一階から三階は、主に住居。
部屋数を正確には知らないが、気配から察するに、十部屋。
最上階の四階は、半分を俺と梅路が使っていて、もう半分は大家の住処になっている。
さて、その大家。
先刻から梅路を捕まえて小一時間、ねちねちとせんのないことを繰り返している。
癇に障る声とねっとりとした話し方。
愛想のいい相槌が嬉しいのだろう。一見人の姿はしているもののゆらゆらと背後で2本の黒いしっぽが揺れる。
いちいち構うから調子に乗るのだといってやっても、大家を無下にはできないと、梅路は涼しい顔で嘯きやがる。
たかが猫又風情が、いつまでも調子に乗りおって、うっとおしいことこの上ない。
空々しい会話を聞かされる身にもなれ。
「妖とて人と同じ、悪い噂は好みませんものでしょう。アテクシ、人様の暮らしにはあまりうるさく言いたかありませんけれどもね、お二方ともそろそろ伴侶をお探しになった方がよろしいんじゃあないかと思いましてね」
「ありがとうございます」
同じように伴侶を求めるのはお前が猫だからだ。
人に紛れた妖が全て、人と同じであるはずがなかろう。
これ以上話が長くなるのもなんだから、そう言ってやりたいのを呑みこむ。
梅路もよくもまあ付き合ってやっているものだ。
一度そう言ったら「仕事で慣れた」と返された。
人の世にまぎれていくうえで、飯の種は必要。
どうせ失せもの探しをしているのだからと、梅路はその仕事に探偵業を選んだ。
妖であろうが人であろうが、払うものを払ってくれるというならば、梅路は選り好みをせずにその依頼を受ける。
俺は手を貸すこともあれば、貸さないこともある。
すべては梅路次第だ。
ノータッチだとはいっても梅路の言いつけで、出かけていない日中のほとんどは、事務所の机近辺にいる。
ほんの気まぐれで、梅路の手が空いていないときに電話を受けることもあるが、たいていの場合は今のように机の上に足をのせてのんびりといるだけだ。
ちりり、と、髪を引かれる感覚がして、宙に三本目の手をのばす。
人型の時俺にある三本目の手は、普段の手の役割のほかに、道を開き繋ぐ役割を果たす。
「着」
握りしめた手には黒い羽根があった。
「解」
ふ、と息を吹きかければ呼び出しの意を伝えて、羽が空に溶ける。
俺の動きに気がついて、梅路がこちらを見る。
「暁?」
「呼ばれた。出てくる」
「そうか」
出かけようとして入り口近くの応接セットに居座る大家を思い出した。
近くを通るのも業腹だが、常から裏山に面したベランダを出入り口にするなと小言を言われているのだ。
「長くはかからん。飯ができたら呼んでくれ」
「わかった。気を付けて」
「開」
俺はその場で道を繋ぐことを選び、梅路の声を背に中有の道に入った。
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