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鬼一法眼
しんしんと静寂がせまりくる。
そんな奥深い森の中に、呼び出した主はいた。
鬼一法眼。
「久しいな。何かあったか」
「かわりはない。なに、ただの機嫌伺いだ」
ほれと投げてよこされたひょうたんが、ちゃぷん、と音をたてた。
「般若湯か」
「あれが好んでおった。届けてくれ」
「俺を呼ばずに、お前が来ればいい」
「あれが会いたがらんよ」
元は己の配下であった梅路を、法眼は“あれ”と呼ばわり、その名を口にすることはない。
群れからはぐれたとはいえ、名を呼ぶからにはそれなりの影響があるかもしれぬと、気を回す。
「そちらはどうだ、かわりはあったか?」
「ないな。相も変わらず静かなものだ」
「何処に基準を置いている? まさか遮那ではあるまいな?」
「あの小童に基準を置いた日には、何が起ころうとも静かに感じるわ」
からからと法眼が笑う。
「そうか」
「見つかると思うか?」
「さあな……見つからねばよいと、俺は思っているぞ」
「儂もさな。あれの身がら、あの小童よりはお前にくれてやったと思う方が、余程納得がいくわ」
「さて、それもどうだかな」
ひょうたんの栓を抜き、一口含む。
甘い香りとまろやかな口当たりが心地よく、喉を滑り落ちる感覚に目を細めた。
俺が般若湯を楽しんでいるのを見るともなしに、法眼は独り言のように言を紡ぐ。
「あれは意地をはる。心細くとも口には出さぬじっとこらえて嵐が過ぎるのを待っておる。そこが、歯がゆく愛おしい」
「ああ」
「暁よ、お前はそこがわかっておる。が、あの小童は機微を理解せん。己が欲ばかりだ」
「悪い奴ではないさ」
「そうさな。だが愛し子を預けるには、足りぬ」
法眼の言いように少しばかり居心地が悪くなって、言わずともよい言葉が口から出た。
「だが俺も、欲しかない」
法眼が俺に焦点を合わせる。
そして、ゆるりとその口元をあげた。
「それでもよ。あれは本気で嫌がってはおらぬ。共に暮らしておるのだろう? お前ならよいとあれが思うのであれば、儂とて何も言わぬさ」
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