公子の職務

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公子の職務

 朝、城の城壁をくぐるとちょうど軍は訓練場に出向く準備をしているところだった。  リエイムはおそらくパロモを連れて行くだろうと、専用の装備を装着させ、手早く準備する。  どうせ馬は他の兵が迎えに来るだろうと踏んで気にせずてきぱき装着を終わらせたのだが、予想に反してリエイム本人が姿を現した。  完全に準備の行き届いた愛馬におや? という表情を見せる。 「奇妙なことは重なるものだ。教えていないのになぜ俺の馬がわかった? それに、俺の装備が完璧に備えられている」 「なんとなく……軍将の馬具は一番この中で使い込まれていますし、この馬は一番体格が良いのに穏やかな気性です。戦慣れしている証拠ですから」  物が置かれた場所の配置を覚えていただけだったが、咄嗟に小さな嘘をついた。 「なるほど、恐れ入った。並外れた推察力だ」  心底感心した表情に、わずかな罪悪感を覚える。 「いいえ……。どうかご無事でいってらっしゃいませ」 「ああ、今日は近場での訓練だから、戻りも早いだろう。行ってくる」  龍の伝説がなくなって、リエイムの予想通りセディシア帝国は大きな戦争を仕掛けてこなくなった。  国同士のいざこざが収まることはないが、脅威だった隣国からの侵略がなくなったことで少なくともクレメントとスーラはそこそこ平和になったと言える。  大きな戦いが減るに伴って、聖舞師はここ二年でそれほど必要とされなくなった。  リエイムの軍もこうして戦闘に備えてはいるが、専属の聖舞師は持っていないようだった。  その必要性が以前よりもうないのだ。今後クレメントとスーラの協定がなくなれば、それはそれでいいことだと思う。  リエイムが訓練から帰ってきたのは夕方、グラニに二回目の解毒剤を飲ませている最中だった。  パロモを繋いで城に戻っていったと思ったら、いくばもせずいそいそと厩舎に引き返してきた。  何やら隠れるようにして厩の中に入って行く。  首をひねってサニは話しかけた。 「あの、お忘れ物ですか?」 「いいや、城に客人がいたのでな。訓練が長引いたということにして、帰られるまでここにいさせてくれ」 「それは……なおさら早く戻ってご挨拶したほうがよろしいのでは?」 「カダーランド領の第三公女殿もいらっしゃっているから、行きたくないのだ」  馬用の毛ブラシを手にして聞き分けのない子どもみたいな口調で強く首を横に振る。  朝、城の城壁をくぐるとちょうど軍は訓練場に出向く準備をしているところだった。  リエイムはおそらくパロモを連れて行くだろうと、専用の装備を装着させ、手早く準備する。  どうせ馬は他の兵が迎えに来るだろうと踏んで気にせずてきぱき装着を終わらせたのだが、予想に反してリエイム本人が姿を現した。  完全に準備の行き届いた愛馬におや? という表情を見せる。 「奇妙なことは重なるものだ。教えていないのになぜ俺の馬がわかった? それに、俺の装備が完璧に備えられている」 「なんとなく……軍将の馬具は一番この中で使い込まれていますし、この馬は一番体格が良いのに穏やかな気性です。戦慣れしている証拠ですから」  物が置かれた場所の配置を覚えていただけだったが、咄嗟に小さな嘘をついた。 「なるほど、恐れ入った。並外れた推察力だ」  心底感心した表情に、わずかな罪悪感を覚える。 「いいえ……。どうかご無事でいってらっしゃいませ」 「ああ、今日は近場での訓練だから、戻りも早いだろう。行ってくる」  龍の伝説がなくなって、リエイムの予想通りセディシア帝国は大きな戦争を仕掛けてこなくなった。  国同士のいざこざが収まることはないが、脅威だった隣国からの侵略がなくなったことで少なくともクレメントとスーラはそこそこ平和になったと言える。  大きな戦いが減るに伴って、聖舞師はここ二年でそれほど必要とされなくなった。  リエイムの軍もこうして戦闘に備えてはいるが、専属の聖舞師は持っていないようだった。  その必要性が以前よりもうないのだ。今後クレメントとスーラの協定がなくなれば、それはそれでいいことだと思う。  リエイムが訓練から帰ってきたのは夕方、グラニに二回目の解毒剤を飲ませている最中だった。  パロモを繋いで城に戻っていったと思ったら、いくばもせずいそいそと厩舎に引き返してきた。  何やら隠れるようにして厩の中に入って行く。  首をひねってサニは話しかけた。 「あの、お忘れ物ですか?」 「いいや、城に客人がいたのでな。訓練が長引いたということにして、帰られるまでここにいさせてくれ」 「それは……なおさら早く戻ってご挨拶したほうがよろしいのでは?」 「カダーランド領の第三公女殿もいらっしゃっているから、行きたくないのだ」  馬用の毛ブラシを手にして聞き分けのない子どもみたいな口調で強く首を横に振る。  ただでさえ悲惨な再会を果たして変人だと思われているのに、ここで突拍子もなく赤い龍という伝説があって、などと言い出したら更に印象が悪くなってしまうどころか気が触れていると思われてもおかしくない。  サニは笑顔を作るのに、若干の時間を要した。 「あの、グラニを」 「うん?」 「一度広い場所で思いっきり遊ばせてあげてはどうでしょうか。きっと脱走したのも、厩に入りっきりで体力を持て余しているからでしょう」  グラニはまだ三歳の若馬だ。鬱憤を晴らすためにわざわざ人間の嫌がることをしているのだろう。 「そうは言っても、この馬に乗れるやつは城にいなくてな」 「私なら、きっと大丈夫なはずです」  試しに馬具をつけてみると、グラニはおとなしく背中に乗せてくれた。後ろからたてがみを撫でると、嬉しそうに前肢を地面に叩きつけている。 「グラニはサニのことが、本当に好きなのだな。この様子なら安心だ。毒が完全に消化できたら、一度遠くへ連れて行ってやってくれ」 「はい。明日にでも、そのように」 「サニ、君は……」 「あーっこんなとこにいたかっ! やっと見つけたよっ、放蕩第二公子!」  大きな声が飛んできて、会話は中断された。 「げっ兄上」  ヘンリに見つかってしまったリエイムはかくれんぼむなしく、首根っこを捕まれる勢いで城に連行されていった。  帰りがけに正門を抜けるとき、カダーランド領主とその公女を見送るリエイムを見かけた。  あの後着替えさせられたのか、いつもの軽装ではなく、型のしっかりした紺色のジャケットと白いズボンを着用している。腕を紳士らしく組んで淑女を馬車までお連れする姿は、恭しく立派な公子の姿だった。  横に立つ公女も若くてハリのある頬をほんのり染め、リエイムにリードされている。端から見ると、お似合いの組み合わせだった。  サニは遠くからその様子を眺め、唇を引き結んだ。  見守るとは、つまりこういうことなのだ。  リエイムが結婚して子どもを産んで年を重ねていくのを、ただ影から眺めるしかない。  本人と接点がなかったころはただリエイムの安寧を願っていれば良かった。  なのに、今は毎日会えてしまうから、生活を垣間見れるから、抱く感情がもっと複雑になりつつある。  二年前、リエイムを見守ると一度は覚悟を決めたはずなのに、逃げ出したくなってしまう。  だってあの時は、想像もしていなかった。  誰にも言えない過去を抱えながら好きな人の近くにいることが、これほどつらいことだったなんて。
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