出会い・宿屋にて 1

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出会い・宿屋にて 1

六月の晴れた日。サニがクレメント国にあるビュレング州の宿に着いたのは日が沈む頃で、宿屋の店主に通行書を提示していると街の教会からちょうど鐘の音が八つ聞こえた。 「お待たせ致しました、聖舞師殿。本日は二階の六号室をお使いください。少し狭いですが、窓が大きく朝日がたっぷり差し込みますよ」  笑顔の店主から鍵を受け取ると、サニはようやく一息ついたように外套のフードをめくる。  現れたのは絹のような白い肌に、すっと切れ長な形に夏の明るく晴れた空色の瞳だった。  ひとつにくくられた銀色の髪の毛一本一本は蚕糸ほどに細く、光を集めキラキラと四方に反射している。どれもスーラ国出身者の特徴ではあるが、サニは一般的なスーラ人と比べても更に色素が薄い体質だった。  とりわけ唇は更に紅が指さされたように赤い。  店主が一瞬サニの飛び抜けた容姿にびっくりしたように固まったが、スーラ人を見たことがないのだなと勘違いしたサニはその反応を気にしなかった。店主も我に戻って受付台の向こうから銀貨を差しだす。 「こちらが、給金の銀貨二枚です。お勤めご苦労様です」 「頂戴致します。ありがとうございます」  聖舞師は通行書を見せれば、クレメント国内ならば無料でどこの宿泊施設にも泊まることができ、更に軍が勝利した際の謝礼金とは別に給金が支払われる。  給金は聖舞師がクレメント国の武力に大きく貢献している為、同盟州の税金からまかなわれる。  最も、祖国のスーラで聖舞師になり十八歳で成人してからクレメントに渡ってもう四年経つが、謝礼金はいつも中身を確認もせずまるっと聖舞院に送ってしまう。  そのため今まで付いた軍から謝礼金がどれくらい支払われたかは未だにわからない。  クレメント国に散らばる他の聖舞師がそうであるように、サニもまた給金のみで最低限の生活は十分できたし、神に仕える踊り子はそもそも贅沢を嫌う。 「いえいえ、こちらこそクレメント国をいつもセディシア帝国からお守り頂いてありがとうございます」  大陸の東部に位置するセディシア帝国が猛威を振るい始めたのはサニが生まれるより遙か昔、およそ七十年前に遡る。  手始めに国にも満たない小さな領土を武力行使によって飲み込み、左側に面していたクレメント国を脅かした。更にはその先の島国スーラの侵略にも及んだ。  故郷であるスーラ国は、周りを海に囲まれた島国のため、何百年もの間他国家から隔離され独自に文化を育んでいた。  とりわけ聖舞術という、シジャ神を崇め自然の力を利用した魔導を使いこなす術は他の国にはまねできない特殊な武術だ。  しかし限られた素質を持つ者にしか術は習得できないため、聖舞師の人口は少なく、国を守るるには足りない。同じくクレメント国も軍事力は諸国で抜きん出ていたが、一国のみでは武力大国のセディシアには敵わない。  そこでセディシア帝国に対抗するべく、クレメント国とスーラは協定を結ぶことにした。
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