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蚤の市 1
秋の始まりの戦場では、珍しくなかなか決着が付かなかった。
夕方ごろ、雲の動きを読んだリエイムは一旦引き、サニに大雨を降らせるよう頼んだ。
リエイムの母が始めたという蚤の市は、今でもオーフェルエイデ城にて春と秋の二回に分けて開催される。
秋の市が開催されるその日、朝早くから開け放たれた城の庭は民たちで溢れかえり、騒々しいくらいの賑わいを見せていた。
ずらりと並んだ露店では食器や装飾品に始まり、服や家具に食品と何でも売られている。第一公子夫人お手製のパンにも長い列が並び、店頭ではせっせとヘンリが勘定をしている。
その後ろでエプロンを巻いたフロレインがどんどんパンを切り分け袋に詰めていく。
息がぴったりな様子をサニはリエイムと遠くから眺めた。
「あの二人は公子夫婦じゃなくて、街でパン屋でも始めた方が性に合ってるのではないか」
くく、と笑いながらコメントするリエイムの通り、大きい竈がある家で夫婦が小さなパン屋を営んでいる姿がありありと想像できた。
「確かに……。お父上はどこに?」
「双子を連れて植物園のガイド中だ」
旗を持って警備員のまねごとをする双子と、その後ろで活き活きと植物について語るオーフェルエイデ公が、脳内に浮かび上がった。
これは市が終わるまで、戻ってこないだろう。
「ところでリエイムや私は、運営を手伝わなくて良いのですか?」
「俺たちは戦組だからな。こういう行事ごとはあっちに任せておいて、思いっきり楽しめばいいのさ。でも気づかれたら何か言われそうだから、遠巻きに見ていよう」
露店が並ぶ列の始まりにモントペリエールを見つけると、早速一杯サニのために買ってくれる。
ドリンクを飲みながら珍しい食器や何に使うかわからないような品々を手に取りながらくまなく見て回った。
リエイムは後ろについて説明したり、気さくに店主に話しかけ世間話に興じたりしている。
「見てください、あれ」
見つけて指さしたのは、領主家の似顔絵を商品として扱う露店だった。
小さいものだと金貨ほどのサイズに始まり、大きくなると窓くらいにも及ぶ、様々な大きさの紙や布にオーフェルエイデ家の人物が描かれている。
その出品点数は何百にも及び、コップや皿、果てはぬいぐるみまであった。
「すごい……」
ぱっと見、ヘンリは夫妻や家族で描かれたものが多い。
オーフェルエイデ公は大抵植物が背景にあしらわれている。
そして店の大半を占める一番人気はなんと言ってもリエイムだった。
椅子に座っていたり、馬に乗っていたりと格好や状況は多種多様だが、どの大きさのリエイムもこちらを向き、にかっと歯を見せ力強く笑っている。
端麗な容姿かつ最強軍を率いる若き軍将は特にキャラクター性に優れている。オーフェルエイデ領の人気はリエイムに一任されているともよく聞く噂だ。
そんな第二公子なのだから、さぞグッズにしやすいのだろう。
「お。おやじ、いい腕してるな。どれもなかなか忠実に描かれているじゃないか」
顎に人差し指と親指を当てたリエイムがさも満足げにうんうん頷くので、サニは渋い表情で目を細めた。
「ちょっと誇張しすぎじゃないですか? 特にこの絵なんて、格好良すぎます」
「なにを言ってる。まんまじゃないか、ほら」
リエイムは実物大くらいに描かれた似顔絵の一枚手を取ると自分の顔の真横に持ってきて、同じ表情をしてみせる。サニはまわりをはばかることなく、思わず声を出して笑った。
「サニの笑い声を初めて聞いた。そんな風に笑うのだな」
「すみません」
「いや、咎めるつもりで言ったのではないから、謝らないでくれ。サニは最近とても、明るくなったなと言いたかったんだ」
「そうでしょうか?」
自分では気づかなかったが、確かに最近発言する前に相手にどう思われるかを考える癖がなくなった。
何を言おうがリエイムはこちらの意図をそのままの意味で受けてくれる。
他意を探られたり誤解されることもないから安心して発言することができ、おかげで発言の量も増え、返すスピードも早くなった。
見方によってはそれが明るく映るのかもしれない。
毎食オーフェルエイデ家族と食卓を囲み、リエイムと行動を共にして軽口を言い合ううち、会話に慣れたというのもあるだろう。
「おや、こんなものもあるぞ」
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