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蚤の市 2
リエイムが見せてきた商品に、飲んでいたモントペリエールを思わず派手に吹き出しそうになって、激しくむせた。本くらいの大きさの紙に描かれていたのは紛れもなく自分の顔だったからだ。
「な、なんですか、これ……!」
「なんと言うことだ、けしからん」
手に取ったサニの似顔絵にもう一度目を通したリエイムも、厳しい顔になった。裏で在庫を整理していた店主を呼び止める。
「おやじ、ちょっといいか」
「あっはい、リエイム様いらっしゃったのですか」
「このサニの顔だが、もっと鍛錬が必要じゃないか? まず、左頬の下のほくろが描かれていない。それに、まつげだって実物は、仔牛のように長い。細かいが、少し違うだけで全然印象が違う。ほら見てくれ」
リエイムはサニを引き寄せ、顔の各所を指さした。
「なるほど、確かに……!」
「実物の方が何倍も綺麗だ。サニの顔を記憶に刻み込んでくれ」
「承知いたしました。次回は必ずやリエイム様を満足させてご覧になります」
店主が早速スケッチを始めたので、必死にそれを止める。
「そ、そうじゃなくて! やめさせてくださいよっ」
「そりゃあ、サニはオーフェルエイデの大切な一員だからな。商品が並ぶのは当然だろう」
「こんなの売ったってお金になりません! 労力の無駄ですっ」
ふたりの会話を聞いていた店主が言いづらそうに申し出る。
「それが……サニ様の似顔絵はリエイム様と並んで飛ぶように売れていて、残ってるのがこれだけなんですよ」
なぜか店主本人よりリエイムの方が得意そうに、そらみろ、と顎を上げた。
「だろうな。絵の質が多少劣っても、実物のサニはこんな美しいのだから。おやじ、改良の期待も含め、俺が残りの全部を買おう」
「まいどあり!」
阻止することができず、結局脱力しながら次の店に進む。
「そんなに沢山どうするのですか……」
「もちろん飾るに決まっている。次の蚤の市までにどれくらい完成度を高めてくれるか楽しみに眺めるんだ」
呆れるこちらを気にすることなく満足げに紙を丸め、尻のポケットに突っ込む。
ふいにリエイムが髪飾りの店に吸い込まれていった。かんざしを一つ持ち上げ、サニの髪の上にのせた。
「これ、サニによく似合うな。細くて長い柄と垂れた小さな青いガラスの玉が、サニの雰囲気にぴったりだ。銀色の髪の上で揺れると、とても美しい」
鏡を手に取ると合わせて見せてくる。
「ほら」
自分の髪よりも、その後ろにいるリエイムの満遍な顔から目が離せない。
「よし、買おう。戦闘時は衣装が決められているので使えぬが、普段使いならば良いだろう?」
懐から銀貨を出そうとする手をサニは止めた。
「だ、だめですっ」
「なぜ? 色が気に入らないか?」
「じゃ、じゃなくてっ。聖舞師は、普段はし、質素でいなくてはいけません。いらぬ装飾品を身にまとっては邪念が働きます」
「そうか。……ならば仕方ない」
リエイムはちょっと口をとがらせながらもかんざしを元に戻した。
咄嗟に出た自分の言葉が、宙に浮かんだまま消えない。
聖舞師を盾にして自分の気持ちを隠した後ろめたさがいつまでも追ってくる。
いらないと、強く断れなかった。なぜなら、本当はかんざしが欲しかったからだ。
リエイムが似合っていると言ってくれたから。
かんざしを挿している姿を、見せたいと思ってしまったから。
内にむくむくと湧き出た感情に、自分自身で愕然とした。
急に動機が激しくなって、胸が苦しい。
呼吸をうまくできず、胸元を両手で押さえた。
立ち止まったサニに気づいたリエイムが振り返り戻ってくる。
「サニ? どうしたのだ?」
「ちょっと、具合が悪くなって……今日はもう、部屋で休むことにします」
「大丈夫か? 部屋まで送ろう」
「いいえ、結構です。疲れているだけなので、横になれば回復しますから」
サニは言い終わる前に走って城に戻った。
自室に入るとすぐさま手足を清め、窓際に立つ。心臓が早撃ちをやめない。
はあはあとまだ荒い息を整えず、舞いを始めた。
いつもは踊り始めるとすぐに無心になれるのに、今日は頭を埋め尽くす邪念をなかなか取り払えない。
浮かんでくるのはリエイムの顔ばかりで、祈りに没頭できないでいた。
敬虔深い両親の元に生まれ、信仰はいつもそばにあった。
物心つくころにはごく自然に、自分は聖舞師になるものだと思うようになった。
幼いころから経典を読み込み、私欲を捨てることで常に神の声に耳を傾けた。
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