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屋上での余韻が続いて、お互いに他のことをしていても指で遊んだり絡めたり、ただ手に触れるだけなのに幸福感が増していく。客観的に見たら砂を吐くようなイチャつき具合だが、今はふたりきりなので自由である。
モーニングを片付ける頃には余韻は消えていたけれど、手が空けば触れるという行為が癖になってしまった。
上がりの時間が近付いて早番が出勤し出して来た時、帰り支度をしていると携帯が震えた。
「……ん?」
画面を開くと、夜勤メンバーだけのグループを作ったそこに吹き出しがふたつ。
このタイミングで送ってくるのは宮田君か夜勤の母である並木さんくらいだが、メッセージはふたりから来ていた。
4人で夕飯食べに行こう、というメッセージは並木さんからで、そのあと宮田君が賛成のスタンプを送っている。時間はついさっきだ。並木さんはまだしも、宮田君早起きだな。
休憩所にいるはずの翔君は見ているんだろうか、と考えていると、開きっぱなしだった画面に新たなメッセージが追加される。
「……っ」
瞬間に込み上げた笑いを耐えて、画面に映るシュールな猫のイラストスタンプを確認する。
見てたのね、と思いつつもスタンプを選んで送ると、すぐさま並木さんから喜びのスタンプが帰ってきた。暇なのかあの人は。
夜勤面子のトークルームはスタンプばかり。ちゃんと会話もあるが、スタンプにある文で成立してしまう場合が多いからだ。
以前並木さんが、若い人と会話をしていると自分も若返った気持ちになる、と楽しそうに言っていたのを思い出す。
確か42歳で一人息子は既に成人していて共働きながらも家族仲が良いと聞いた。
並木さんの性格かなあ、と画面で交わされる宮田君と並木さんのスタンプ会話を見ながら癒される。夜勤は癒し組だ。
早番と挨拶を交わして外に出ると、早朝とは違って暖かい陽射しと穏やかな風が肌を撫で付けた。
出掛け日和な空気を吸い込んで、のそのそと自転車に向かう翔君を追いかける。当然のように帰宅方向は同じで、回数が増えても嬉しくなる。
夕方の食事の話をしながら自転車をこいで、帰宅するとすぐに風呂に入るのが常になっているけれど、最近は面倒だからと翔君が一緒に入ってくるもんだから個人的には心身を落ち着かせる事に精一杯だ。
気持ちと体は別物のように変化するのを毎度実感する。
それでも、男二人でいっぱいいっぱいな風呂場で会話しながら浴槽で足を伸ばして交差させて浸かるのは、悪くない。
風呂好きな翔君は、一緒に入るようになってから入浴剤を家に置いている。
効能があるものだったりおまけ付きの面白いものだったり、どこで見つけてくるのか謎なものだったりと、バラエティに富んでいて飽きない。入浴剤は普段から使わなかったから新鮮だった。
時折甘ったるくて仕方なかったり、意味があるのかすら分からないものがあったりするけれど、それも二人で見つけたら凄く面白くて笑いの種になる。
ゆっくり浸かって温まると、大抵同じタイミングで上がる。
全身から湯気をたてる翔君の可愛さも、お互いの髪を拭くのも、自然と当たり前になっていることが幸せだ。
「寝るかー」
「ん、」
温まった体と心地よい眠気に体を伸ばすと、翔君は既に半分眠りに入っているのか緩慢な足取りでベッドに潜り込んで壁際に転がった。
なにこのクソ可愛い生物。
薄目を開けた翔君が、掛け布団を持ち上げてこっちを見る。早く入れってか。
緩んだ口元をそのままに隣に転がり向かい合わせになると、翔君は俺の左腕を持ち上げ腕枕状態にしたあと、丁寧に布団をかけて抱き着いてきた。
なにこの可愛すぎる生き物。
鎖骨辺りに額をくっつけた翔君はすぐに寝入ってしまったが、苦しくないのか気になるところだ。まるで猫である。
抱き締めたいが窒息させそうだから隙間を開けて頭を撫でる。
馴染みあるコンディショナーの香りがして、少し下にある頭に鼻を近付けて目を閉じた。
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