19時から9時まで

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「───始めまして、小山(こやま)です。今日からお世話になってます」 「はじめましてー、夜勤の神原でーす」 「……河内です」  夕飯後、いつもより早く翔君と同伴出勤したら今日のシフトに組まれている夕勤メンバーが全員事務所にいた。  入ってすぐ目が合った見慣れない若い男性が、戸惑いつつも挨拶をしてくれたので、個人的にも第一印象は悪くない。  客室に置いているフェイスタオルとバスタオルを折りながら雑談していて、賑やかだったから、夕勤からの評価も悪くなさそうだ。  どうやら小山くんは、夜勤の宮田くんと同じ二十歳で大学生、客室清掃という仕事に興味を持ったのだとか。  そんな簡単な紹介を受けつつ、人見知り気味な翔君がいつものようにカーテンの向こう側に引っ込む背中を見届けてから、新人くんに笑いかける。 「夕勤に花が咲いたねえ。小山くんイケメンだから客に番号聞かれたりして」 「いやいや、それはないですよ」 「河内君はあったんだよ」 「え、マジですか」  ジュースサーバー側の業務用冷凍庫でタオルを折っていた、夕勤の古株であるおっちゃん(愛称)が真面目な顔で話にノってくれる。  小山くんは整った顔をしている上に若いから、仕事を続けていれば有り得るという話で夕勤メンバーたと盛り上がる。 「まあ、勢いで受け取っちゃっても連絡しなくていいからね」 「しませんよ…」 「てか、夕勤に花が咲いたって、うちらは花じゃないの?」 「え」  フロントから出てきた河瀬さんが笑いながら言ってきて、慌てて首を振った。 「違う違う。河瀬さんは満開、小山くんは八分咲き」 「満開ってもう枯れるだけじゃん!」 「え~?中学の子持ちで八分はないっしょ」 「ユッキーうちに冷たくなーい?」 「何言ってんの、温もりしかないよ」 「生温(なまぬる)いんじゃないの」 「熱帯だったらそれはそれで文句言うでしょ。暑苦しいって」 「春の気候くらいがちょうどいいかな!」 「…あんたたちなんの話してんのよ」  態度の温度差について河瀬さんと議論?していると、夕勤メンバーの古株2人目であるふくよかな主婦の木内(きうち)さんが苦笑いで突っ込んだ。  小山くん挟んで戯れないの、と優しさで溢れたその包容力に、河瀬さんと二人で「ごめーん」と笑う。 「いつもこんなんだけど、笑って流してね小山くん」 「えと…、はあ、」  夕勤の母である木内さんの言葉に戸惑う新人くん。しかし河瀬さんはケラケラと笑っている。  和やかな雰囲気にひと安心してフロントに入ると、タイミングよく裏から翔君が出てきてくっ付くようにフロントに入ってきた。テコテコ来るのときめくからやめよ?  翔君はマネージャーのパソコンデスクの椅子に座って、客室テレビと同じメイン画面が映っているデスクトップのマウスを弄る。メイン画面には今日の占いというメニューがあって、徐にそれをクリックした。俺は引き寄せられるようにフロントの椅子を転がして覗き込む。 誰が提供している占いなのかは知らないが、大衆向けの内容はしかし時々少しだけ面白い。あと結構当たる。 「うお座は何位よ?」 「6位」 「可も不可もなくだなぁ」 「ラッキースポット、東京駅」 「範囲広すぎ。全体がラッキースポット?相変わらずシュール」 「双子座、ファミレス」 「あ、行ったじゃん。ラッキーがあるかもしんない」 「サイゼでも?」 「まあ、ファミレスだし」 「日付変わるけど別にラッキーなかった」 「俺と一緒のシフトでラッキー!」 「妥協点」 「それなー」  大きくも小さくもない声量で、リズム良く進む会話が心地好い。翔君と喋るのが好きだと改めて思う。  うしろ側の騒がしさというか、賑やかさと切り離されたような感覚も悪くない。  0時になって夕勤メンバーが次々とタイムカードを切る。従業員出入口の扉が閉まった途端、彼らの話し声は切断されて職場は静かになった。、  おっちゃんと木内さんと河瀬さんが揃うと、周りを巻き込みながらずっと喋ってるからだ。楽しそうで何よりです。
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