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夕勤の時間が終われば、あとは二人でいつも通りに仕事をこなしていくだけだ。
既に宿泊で入っている客が出したモーニング予約数を確かめ、冷蔵庫の仕込みを確認して、途中で入室した客の入室部屋番号と車なら車種とナンバープレートを確認しに行く。
給料日後だから懐に余裕があるのか、なかなかの客数だった。
とはいえ七割が埋まっていてもその殆どが休憩である。きっと宿泊切り換えの前に帰るだろう。
メンバーズカードを登録している客室の情報を確認すると、記録されている使用履歴は切り換え前に退室している客が多かった。
メンバーズではない客もいるが、まあとんでもなくアホでなければ(ちゃんと注意事項を読んでいれば)ちゃんと時間内にチェックアウトする。
駐車場から戻りフロントに入ると、顧客情報を見ていた翔君が抑揚なく「二階帰る」と言った。
清算中の文字が出たのは206で、滞在時間は三時間ほどだった。平均的な休憩滞在時間である。
独特のメロディーが小さいスピーカーから流れる。この謎の音楽が清算完了の知らせなのだが、なんでこの曲なのかは未だに不明だ。マネージャーも知らないらしい。
一組の退室に乗っかるように、続いて三組の客が清算を開始した。リネンモニターには部屋番号と在室状況が映っているが、三箇所で精算中表記になっている。
まず宿泊切替まで待って、それから掃除かなと考えていると、翔君も同じなのか動く気配がまるでない。
空きは十分にあるし、一気に入ってこない限りは急ぐ必要ない。イベントもない時期である。余裕余裕。
「あの新人くん続くかな」
「さあ」
新人が来ると毎回交わす定型文だった。翔君の返事も毎回一緒である。本当に興味がないと分かる返事。
エントランスを抜けて帰っていく客を映すモニタに目を向けながら、ぽつりと呟いた。
「夜勤とか入ってくんのかなぁ」
一応夜勤は四人で回せるが、時折夕勤に人が居なかったり繁盛期になって全体的に人手が足りなくなると、臨時の短期で募集をかけることがある。
冬に近づいてクリスマスという大忙しイベントが待ち構えているために、マネージャーがネットでアルバイト募集を掛けているのを聞いたことがあった。年末年始は閑散とするので、出勤人数も少なくて済むが、クリスマス前後は毎年行列が出来るほど繁盛する。
それを思い出してなんとなく呟くと、翔君が心底面倒そうに「夜勤はいらない」と投げるように言った。
その珍しい反応に少し困惑したものの、続けられた言葉にだらしなく顔が緩んでしまった。
「シフト由貴と被らなくなる」
「何その突然すぎるデレ可愛すぎる」
ただ単にやりやすいから、というのは以前本人が言っていたから分かってはいるものの、改めてそう言われると嬉しすぎてニヤニヤしてしまう。頬がつりそうだ。
去年のクリスマスだって夜勤四人で十分足りたし、マネージャーも出てくるから、必要なのは朝と夕だけである。
だいたい宿泊で埋まるから夜中や明け方なんて清掃の仕事はない。日中に出来ない雑務がまわってくるくらいだ。
忙しいのは日付が変わる前で、イベントの時は宿泊切り換えの時間も早くなるし、切り換え前に退室した部屋の清掃が一気に来るのと、来店が被ってバタつくくらいだ。
それさえ越えればやることはルームサービスとか貸し出しばかり。イベント時はモーニングやらないので、比較的夜勤は楽なのだ。
翔君の言葉に溶けるような顔を直せないまま、ヘラヘラとした声が出る。
「やだもう翔くん大好き」
「知ってる」
「イケメンなのに可愛いとか罪だわ」
「由貴のが可愛い」
「なんでよ」
「アホっぽいから」
「否めねー」
「アホな由貴が好きだよ」
「俺一生アホでいいわ」
「程ほどにね」
「翔くんが好きなアホでいるわ」
「ホント由貴チョロい」
「翔くんにチョロいだけですー」
「ならいいや」
「なに今日デレの安売りし過ぎじゃない?ドキドキしちゃう」
「セール中」
「可愛すぎる」
椅子の背もたれを掴んで揺りかごのように揺らすが、翔君は動じない。むしろもっとやれと言わんばかりに脱力している。
もうなに本当に今日デレが凄くない?ファミレスがラッキースポットってそれ俺じゃね?
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