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マネージャーの中で夕勤は宮田君に決まってしまっている気がする。相談はするだろうが、彼も断らないかもしれない。
小山くんに対してあまり良い印象を持ってない宮田君が夕勤に入るとなれば、些か不安もある。いやでも彼はあからさまに攻撃的ではないし、いつものように少年のような明るさで別け隔てなく誰にでも笑顔だ。
「……いや、大丈夫かなあって」
「大丈夫だろ、宮田だし」
どういう意味だ。
まあ、フロントも出来るし夕勤に入ること自体はなんの問題もない。出勤時間も少し遅れる程度なら許容範囲だろう。
「確認は取るけど、大丈夫って言うと思うぞ」
「そうですね」
掃除機を掛け回り、既に風呂掃除を終えている翔君は部屋を移動しているので、何のミスもない風呂場でも一応確認しておく。
全ての確認を終えて、掃除機のコードを巻きながら息を吐いた。
こんな状況じゃなければ夕勤デビューって煽り遊べるが、態度も仕事も問題ないと分かっていても心配になってしまうものだ。
───3時にマネージャーが帰ったあと、夕勤に宮田君が入るかもしれない、と翔君に言えば少し驚いたように「そうなの」と瞬きをした。
俺みたいに不安や心配はないみたいだけど、代わってもらうことへの申し訳なさがあるらしい。
「帰ったら宮にlineしよ」
そう呟く翔君の髪を撫でながら、この悩みが杞憂であることを切に願った。
それからは入室ばかりで退室は殆どなく、4時くらいにコンビニでご飯を調達してのんびり食べて、たまに退室した部屋の清掃をのんびり済ませる。
3時まではマネージャーが居たからか、何だかんだ暇と言ってもあっという間に5時を過ぎて、モーニングの時間になる前に外の空気を吸おうと二人で屋上に行くことにした。
うっすら青みがさしてきた空は綺麗で、高速道路が隣にあるとはいえ都会にしては空気が清々しく感じる。深呼吸して、眼下を走る大型車を眺めた。
隣に立つ翔君を見るとぼんやり空を見上げていて、小さく開いた口が可愛い。
顔を上げたまま少し頭を俺の方に向けて目をあわせた翔君は、小さく俺の名前を呼んだ。朝方の外で見る翔君がとても綺麗に見えて息を飲むと、目を細めて翔君は笑った。
「キスしたい」
「!、大歓迎ですぅ」
唐突で予想外な要求に目を見張るも、抗えない欲を素直に返した。
上げていた頭を正面に戻した翔君は、体ごと俺に向かい流れるように顔を寄せてきて、伸ばされ触れた手に指を絡めながら柔らかな唇を食らう。
お互いに薄く目を開いたまま、時折笑ってはまたキスをする。
好きだ。
じわりと出てきた想いは、湧き水のように溢れてくる。
「好き。翔くん好きー」
「ん・・・ふふ」
薄い腰から体を引き寄せると背中に回る手が愛しい。
少し離れた唇の間から聞こえた、好きだという声も言葉も、発せられる全ての音が俺を溶かしてしまう。
額を合わせて互いに微笑むと、自然に手を繋いだまま事務所まで戻った。
細く骨張っている男のものでも、翔君のそれは大好きな手で、その指先すら愛でていたい。全身で全身を愛でたい。
屋上に行く前と特に変わりはない事務所の様子に、もう少しあのままでも良かったかなぁと笑ったら、「帰ったらね」と然り気無く色気のある爆弾を投下されて見事に撃沈した。
帰ったら良いのか。帰ったらまたして良いのか。
というか当たり前に俺ん家に帰ることになってるのがむず痒いというか、嬉しくて愛しい。過剰なそれは痛いくらいだ。
「んじゃ、帰ったらいっぱいちゅーしてやろー」
「うん」
「……うん、て…。もうちょっとくらい照れてよ可愛いけどさぁ」
「照れた勢いで言う由貴が可愛い」
「もうやめて羞恥死する」
本当に、翔君の返り討ちとか効果抜群だから。そんな微笑み向けられたら、早く帰って酸欠になるまでキスで潰したくなる。
酸欠に関してはお互い様になるんだろうけど。
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