0時から9時まで

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翔君との仕事は一番居心地が良いけれど、他の人と悪いわけではない。  夜勤は4人いて、翔君と俺、勤務歴半年の少年みたいな青年である二十歳の宮田(みやた)くんと、勤務歴2年の夜勤唯一の女性スタッフである並木(なみき)さんはお母さん的存在だ。 基本的に俺と翔君、宮田くんと並木さんプラス俺か翔君の3人で組む日がある。  並木さんがいる日に3人なのは、彼女は勤務時間が少しズレていて、夜の8時から夜中の3時までとなっている為だ。それ以降は9時までひとりになってしまうし、宮田くんにはまだ早い。 シフトを組む時、マネージャーも翔君は俺との方がやりやすいと知っているし、最初から出勤の曜日も被ることが多かったという点も一理あるかもしれない。夜勤のシフトだけいつもすぐ作れると言っていた。 でも翔君は宮田くんと並木さんとも仲良いし、決してやりにくいわけではない。2人も楽しく仕事しているのだ。首を傾げるのは絡みの少ない他の時間帯のスタッフだけである。 ただマネージャーとはたまに時間が被って一緒に仕事すると、いつも「お前らふたりの安心感が全従業員にあるべきだ」と言われる。毎度一瞬だけ喜んでいいのか悩む。  宮田くんは仕事覚えが早いから、もうフロント業務も清掃も文句なしだ。  フロント業務は俺と翔君と宮田くん、最も人数の多い夕勤でも河瀬さんと他ひとり、朝は3人のパートさんしか出来ない。  色々面倒ではあるけれど、覚えたら楽なのにな、とは思う。初めてのことは踏み込むまでに時間がかかるものである。 清掃中に帰る客もいるから、忙しい時はバラバラになって〝はがし〟して上から仕上げて行くのだが、今日は暇なのでのんびり片付けていく。 風呂の水切りをしていたらリネン室にシーツの塊を投げに行っていた翔君が戻って来る音がして、真顔で呼ばれて振り返る。 「客に2度見された」 「オーラは隠せなかったかあ・・・気まずくないんかねえ」 「そんな禍々しい?」 「いや輝いてる」 「どちらにしろ異形」 「俺の目は節穴じゃないぞお」 「フィルターでしょ」 「そう!」 どうやらチェックインの客と遭遇したらしい。テレビに映していたモニターから誘導の音声が聞こえたけど、このフロアだったのか。  作業中にチェックインしてくる客ももちろんいるので、なるべく鉢合わせないようにはしている。  掃除部屋や非常階段からフロアに出ようとして、エレベーターから客が降りて来たりチェックアウトで部屋から出てきたりと、タイミングが被る事は結構ある。 そんな時はいつも居なくなるまで隠れて待機するのだが、ちょっと焦るけど、顔を見合せて笑ったりして、それはそれで楽しいのだ。  スタッフが客と顔を合わせるのは、室内で機材の不具合など致し方ない時だけ。ルームサービスは玄関にある開閉式の台に置くので顔を合わせないようにするのだが、客が手渡しと勘違いして出てくることもある。 そういう時はなるべく顔を見ないようにと指導されるのだが、俺はしっかり顔を見てしまうタイプである。  因みに翔君は無表情だけどイケメンである。整った顔をしてるから、常連で夜中の客はわざと出てくる人もいる。 入って半年くらいの時、ものを届けて女が出て来た時、小声で連絡先を聞かれた事があったらしい。  翔君はそれをスルーして商品を押し付けてきたらしいけど、後からそれを聞いて素直に「すげぇな」と言ったら翔君は一言「香水くさい」としかめ面しただけだった。それにもすげぇなと言った覚えがある。  そもそも大概は恋人と来るような場所である。しかし関係がどうであっても、相手が居るのに従業員に連絡先聞くなと心底思った。  翔君に連絡先を聞くとかマジありえない、と憤慨した俺は、八つ当たりに翔君の髪を弄ってツインテールにした。思い返せば自分でも謎の行動である。  まあ、物事に無関心でもある翔君だから、嫌がる事もなく朝までそのまま仕事してたんだけど。俺はそんな姿が可愛くて笑顔で仕事が出来たし、イライラなんて吹っ飛んだ。  ちなみにその格好のまま朝までだから、もちろんパートさんに見られるわけで、ツインテールに無表情で挨拶されたパートさんは見事に固まっていたものだ。 どうしたのって本気で心配されてた。  さすがに帰りはひとつ結びになった。  
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