0時から9時まで

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それ以降、味をしめた俺は暇になると翔君の髪を弄るようになった。手先は器用な方なので、好き勝手に色々な髪型にして遊んだ。とはいえ不定期だから、パートさんはいつも緊張しながら来るらしい。そんな大袈裟な。  周りとあまり喋らないから余計びっくりするのは分かるけど、やっぱり首をかしげられる。仲良しなのは翔君が黙って髪を弄られているのを見れば分かるけど、俺が一方的に構ってるように見えるらしい。分からんでもない。  翔君は人見知りじゃないけど、無関心に無口に無表情のコンボのせいでそう見られがちだ。  それでも彼の持つ雰囲気は悪くないし、言いたいことは言う。だから嫌われているわけでもなく可愛がられている。何より仕事出来るし。 翔君には宮田くんもすっかり懐いているし、夜勤のお母さん的並木さんは、子犬のような宮田くんを微笑ましく支えている。  そんな夜勤メンツは、他の時間帯のスタッフより仲良しでクリーンだ。時間帯別に色々あるからね、うん。こわいこわい。 ───普段よりも丁寧に作ったにも関わらず、清掃部屋は1時間ちょいで無くなってしまった。  深夜1時になって宿泊に切り替わり、在室は5。あとは全部空室だ。これから入ってくるにしても、平日の夜中に24の客室が全て埋まることは無い。 「備品も補充いらねーしなぁ、メシも出ないし、暇だね」 「うん。・・・あ、AX《アニマックス》で映画やる」 「どれどれ」  フロントのイスに座って在室確認画面を眺めていると、マネージャー用のパソコンデスク前のイスに座っていた翔君が、客室にも置いているAX《アニマックス》の月刊番組表を見て呟いた。  キャスター付きのイスに座ったままゴロゴロと近寄れば、番組表を俺も見えるようにしてくれる。優しさが然り気無い。 「3時かー、絶対暇だよな」 「ね」  アニメの映画は3時からやっているらしい。その時間は大概暇である。 翔君と顔を見合わせ、どちらからとなくニヤリと笑う。つまり、空いている事務所に近い部屋で観よう、というアイコンタクトだった。 「〝本掃〟もしたいし、点検にしとこ」 「うん」  今は1時半。まだ時間はある。  それまで何してようかな、と出来そうな仕事を考えていた時、来館を告げる電子音が鳴った。無意識に駐車場を映しているモニターに目をやったが、車はない。  自動ドアが開くと、タッチパネル前に男女が立った。  エントランスの防犯カメラ映像には、貫禄あるどっしり肥えた体をスーツに包んだ男に、軽い服装の女がいた。  その見覚えのある容姿に、翔君が小声で言った。 「〝社長〟きた」 「だよな、設楽さんだ」  貫禄を蓄えた男性はここの常連である。  ちなみに本当に社長かどうかは知らない。見た目がそれっぽくて連れがいつも外国の女性だからと翔君が付けたあだ名だった。  俺が名前を知っているのは、単純にメンバーズカードを登録する時に使う紙にそう書いてあっただけだ。  〝社長〟は一ヶ月以上来ないときもあれば、ほぼ毎日来たりするが、大抵いつもこの時間に現れる。  レンタルもルームサービスも、決まった物を頼むから覚えやすく、そしてその準備にはひとつの遊びを含んでる。  入室した事を確認した後は流れ作業を開始。  まず翔君が備品置き場兼休憩喫煙所に入り、いくつかの小さいお菓子の入った籠を持ってくる。ウエルカムサービスのひとつである駄菓子詰め合わせだ。  俺はその間にフロントメインデスクの背中側にある棚に振り返り、レンタル用の洗髪料とボディーソープ類を見て、カゴを取りながら翔君に声を掛けた。 「やっぱダヴかな」 「んー」 「×3?」 「・・・アジエンス」 「まじか。じゃあ、俺トンカツ」 「・・・今日はエビ」 「割れたー」  サクサク会話をしながら手を動かし、とりあえずシャンプー、リンス、ボディーソープのセットを2種類カゴに取り分けておく。  常連である〝社長〟は決まって、貸し出しのシャンプー、リンス、ボディーソープが、ダヴかアジエンスのどちらか。  宿泊の無料サービスでは、トンカツかエビフライ定食、そしてウエルカムサービスでは必ずお菓子詰め合わせとコーラかメロンソーダを頼む。ちなみにお菓子は不動だ。  その二種類の選択肢で小さな賭け事をしながら、ちょっとした遊びをしている。
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