0時から9時まで

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レンタル品と食器、グラス、お菓子の籠、ご飯は温め中、定食の付け合わせキャベツやソースは盛った。後は電話を待つのみである。  ちなみに〝社長〟はいつも一気に電話注文だ。    来館した際のウェルカムサービスは人数分でお菓子詰め合わせやおまかせケーキ、ソフトドリンクや一部のアルコールだけだが、宿泊限定で通常メニューの全てのメニューからもひとり1品が無料で注文出来るようになる。  ウエルカムサービスはテレビのメニューから注文出来るけれど、しかし宿泊限定サービスは電話でしか受付していない。  たまにいるお馬鹿さんがテレビメニューから注文しやがるから、問答無用で料金追加するのだが、帰る際の自動精算機での支払い時に後から電話で「1品無料じゃないの」と言われる。  最初こそ苛立ちと呆れの中で説明を加えて「今回だけですよ」と無料にするのだが、半年過ぎれば無心である。そもそもサービス一覧には必ず電話受付のみと赤文字で書いてあるのだ。テレビメニューにだってしつこいくらい記載してある。ご都合主義の注意力散漫が過ぎるってもんだ。  ちなみにイベントメニューは無料サービス対象外である。  翔君との久々に真っ二つに割れた予想で、宿泊無料はトンカツかエビフライ。レンタルはアジエンスかダヴ。  さあ、どっちか。  入室してから10分ほどで内線が鳴った。 「───はい、フロントです」  電話機の目の前にいたので素早く取り、キッチン前で待機する翔君に目を合わせてお互いニヤリと笑った。 「───はい、エビフライですね」  その時点で翔君が無表情ガッツポーズを掲げ、揚げ物用の鍋を火にかけ業務用冷凍庫へ向かう。背後でバコン、と音がした。 「アジエンスとボディーソープがダヴですね、お菓子と、メロンソーダで。はい畏まりましたー。ありがとうございまーす」  カチャ、と静かに受話器を置いた。  翔君は冷凍エビフライを揚げている。 「全勝ー」 「あぁあぁぁくっそー!」  棒読みだったが、嬉しそうにピースしてきた翔君に悔しい気持ちになりながらも何故か笑顔になる。こういうとこ可愛いんだよなあ。  いやしかし全部外しじゃんマジか。  仕方なくレンタル品はアジエンスの入っているカゴを取り、エビフライが揚がるのを待ちながら、定食につける味噌汁の小袋を開けた。  エビフライに付けるタルタルソースを皿の端に絞り、三日月形にスライスされたレモンを添える。 ちなみにエビフライ定食には唐揚げも二個ついてきまーす。 「いつも思うけどさー」 「うん」 「設楽さんの時って持ってくのめっちゃ早いよな」 「・・・あぁ、うん」  常連の常連だからか、注文が決まっているからか、下準備はいつもばっちりである。普段遅い訳では無いけれど、しかし〝社長〟に限っては提供時間の顧客満足度は最高評価も狙えそうである。 「エビあがりー」 「ういー」  俺と翔君の動きに無駄がない事もまた、提供時間の速さの一部である。  やるべき事、役割分担がわかっているというか、喋らなくても自然と動ける。三年目ともなればもうほとんどの行動がそんな感じで、あれこれ決めるも話し合いもない。  必要なときは一言二言で察してくれて、察することも出来る。なんて居心地が良いんだと改めて思う。 「カゴ持つ」 「さんきゅー」  出来上がった定食と飲み物が乗ったトレーを持ったら、シャンプー類の入ったカゴとお菓子を翔君が持つ。やることない時にはよくあることである。  〝社長〟が注文したものは一人でも持っていけるけど、なかなか慣れないと危なかったりする。でも慣れても一緒に行ってくれる翔君の優しさが好きだ。暇なだけなんだろうけども。 「れっつごー」 「ん」  エントランスに繋がる扉を翔君が開けてくれて、そのままエレベーターへ。  ルームサービスの提供は基本的にエレベーターを使う。しかし台車を使う時やルームサービスを持って行く時だけで、基本的に従業員は非常階段で移動する。  上下のエレベーターが別れているとはいえ客と鉢合わせはするのだ。  〝社長〟が入室した部屋の前に立ち、扉にある内鍵とは別のオートロックを専用リモコンで開け、同じリモコンの別ボタンでチャイムを鳴らす。  従業員が常に持ち歩く専用のリモコンは、客室の電子ロックの開閉と呼び鈴、清掃開始と清掃完了のロック開閉が出来る4つのボタンがついている。  フロントにある客室状況が映るパソコンと連動しているので、例えば掃除を終えた客室の前で清掃完了のボタンを押せば、パソコン上やタッチパネルで空室表記される。  
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