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電子ロックは入室から五分で自動的にロックされる。料金未払いで帰らせないためだが、自動精算機で精算すればロックは解除される。
フロントのパソコンでも開閉出来るし、チェックインした部屋と同じフロアにいて目視確認した時は、自動でロックする前にリモコンでロックする事もある。
その時に忘れ物したとかですぐ出ようとしても出られなくて、フロントに電話来て結局開けるっていう事もあるが、咄嗟とはいえ一言フロントに声をかけるべきでは、とも思う。
ルームサービスとレンタル品を渡し、非常階段で翔君とのんびり事務所に戻る。
「なにするかなー」
フロントに入り、メンバーズカードを先に精算機に通している客室のメンバー情報を見て、いつも何時頃に帰るかを確認しながら、カードを通していない客室はいつ帰るかなと予想しながら呟く。
翔君はフロント入り口横にある冷凍庫に寄りかかりシフト表を眺めている。
「〝社長〟9時以降に退室がいいなあ」
「ね」
フロントから事務所に出ると、翔君はイベントメニュー候補の紙を見ていた。
〝社長〟は部屋の使い方がめちゃくそ汚い。いつも9時以降の早番の時間に帰るから良いんだけど、たまに、ほんとたまーに7時台とかに帰りやがる。
テーブル周りはゴミゴミゴミ、ベッドもその周りもぐちゃぐちゃ、風呂にもゴミ、全面天井までびちゃびちゃ、扉を開けた途端に湯気が部屋に飛び出して近くの洗面鏡が真っ白になる。洗面台もゴミだらけ。出したら出しっぱなし。〝社長〟が〝社長〟なら連れも連れである。
それに当たった日は、翔君と愚痴祭りだ。
いくら暇でも朝っぱらからあの部屋は掃除したくない。
「なにしよっかなぁ」
「なぁ」
いや語尾だけおうむ返しとか可愛いかよ。
常連さんの対応を終えてしまえば、また暇な時間に戻る。
一応やる事はある。通常清掃では出来ない時間の必要とする細かい所の掃除を〝本掃〟呼ぶのだが、それを始める前に。
「今日はどんな髪型にすっかなー」
「んー」
イスに座って携帯弄りをしている翔君の背後に立ち、長めの髪を手で梳いた。
サラッサラだ。今日は出勤して来たときから若干ポニーテール気味だった翔君の髪は、サラサラなのにしっとりしていて触り心地がたまらん。
髪を纏めていたゴムを取り、手櫛で撫で付けるように指を通して思案していると、翔君が呟いた。
「めんどうなのはやだ」
「おーけー」
帰ってからアレコレするのが面倒なのは知ってるから、スプレーとかワックスとかはナシ。
いつか盛りたいなあ。
「そのうち盛らせて」
「仕事中はむり」
「じゃ遊び行こ」
「おー」
「え、まじで」
「おー」
ノリだった誘いをあっさり承諾されて、想定外の反応に戸惑ってしまった。
スタッフ間じゃ飲みとか結構行ってるけど翔君は参加しないし、俺と出勤前にご飯に行くことはあっても、そもそもあんま出掛けたりはしないのかと思って言えなかったのだ。
湧き上がる喜びに顔が緩む。
「よしゃ。どこ行くかなー」
「来月なんかどっかでイベントあった」
「どっかってどこだよ」
「忘れた」
忘れたとか可愛いわバカヤロウ。
自然に鼻歌が出てくる。我に返ると恥ずかしいが、この喜びに勝る周知では無い。何せ今はふたりだけなのだ。
「デートだデート」
「なんでそのチョイス」
「いーじゃん、デート」
「はいはい」
茶髪を持ち上げて全体的に横にかき集めながら言うと、抑揚なく返された。待ち合わせして髪弄っては面倒だから家でやりたいな。
「家来てよ。デートは髪を盛ってからだ」
「はいはい」
お互い独り暮らしだからどっちの家でもいいけど、道具持ち歩くのダルいし。
サイドテールを作り耳の真上まで持ち上げ、纏めてゴムでお団子にしてから上に飛び出した毛先を広げると、孔雀の尾みたいになった。
いや可愛いなオイ。
「よしでけたー」
「でけたー」
抑揚のなさが逆に可愛いわバカ。
いやさっきから翔君に可愛いしか思ってない。大丈夫か俺。可愛いからいっか。
「首涼しい」
「お、いい感じか」
「いい感じ」
お許し貰いました。やったー。
翔君の髪弄りが終わって満足したら、〝本掃〟道具を持って点検に切りかえた客室に向かう事にした。
携帯の時計で「もうすぐ3時だ」と翔君に言われて気が付いた。楽しい時間はあっという間だ。
内線が来るので電話の子機とリモコンを忘れずにポケットに押し込んだ。
「良いところで内線来ないように祈っといてよ、翔くん」
「やだ」
即答された。ひどい。
こういう時に内線が来たら、軽いものなら一人寂しく事務所に戻るのだ。
受付の呼び出しだと更に寂しいんだけど。
その間、翔君は一人でテレビ観賞である。とは言え観てていいよって言っちゃうのが俺である。言わずとも〝本掃〟進めてくれてるし。
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