19時から9時まで

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ファミレスの前に着くと、駐輪場に停めた自転車に乗って少し猫背で携帯を弄る翔君を真っ先に見つけた。 自転車を隣に滑り込ませると、無表情でこちらに顔を向けた翔君は携帯をジーンズに押し込みながら「おはよう」と言った。  もう夜だけどね。でも俺はそれに同じ言葉で返事をする。 「おはよ。待たせたー、ごめん」 「別に待ってない」 「やだもうクールジェントル」 「ハンバーグ食べたい」 「あれ、グラタンは?」 「気が変わった」 「内容が変わってもヘビーね」  待っている間にグラタンからハンバーグに気分が移行したらしい翔君は、入店して席についてメニューを開いたら何故かパスタと悩み出した。その悩み方がまた可愛いのなんの。  人差し指の第2関節を甘噛みしながら少しだけ眉を寄せる翔君だが、俺はその口元から目が離せない。 自分の食べたいものを吟味するより優先されている。そもそもメニューすら開いてない。 向かい側のメニューを覗き込むように身を乗り出すと、俺が見やすいようにテーブルに広げてくれた。 「どれと迷ってんの」 「目玉焼きハンバーグと明太パスタ」 「じゃあどっちも頼んで別けて食べよ」 「いいの?」 「もちろん。あとサラダもちょっと食べてー」 「うん、ありがと」  言いながら見上げれば、無表情のようで少しだけ柔らかくなった目と口を直視してしまったせいで、一瞬どきりと脈が高鳴った。  ああ、もう可愛い。可愛いなあ。  なんでこんな可愛いんだろ、と疑問していながら、俺はその先を回答を探さなかった。  翔君は無表情で無口だ。それでも3年くらい同じ職場で一緒に仕事をしていると、喋らない代わりに仕草が言葉のように思えてくる。  それに翔君だって面白ければ笑うし、饒舌になる時もある。接客はちゃんとこなしてるし、コミュ障というよりは元々感動の振り幅が狭くて寡黙なだけなのだ。  その代わりにというか俺はよく表情が変わるしよく喋るせいか、やかましいとか忙しいとか言われることの方が多い。  正反対だから合う所もあるじゃないかとは思う。 翔君は一人の時間や静かな空間が好きとかではないらしい。ノリが悪いわけでもなく、ふざけたり言葉遊びには落ち着いてつきあってくれる。  ひたすら騒がしいのと、状況によって騒がしいのとは違うのだ。別に俺はただ騒ぐのが好きとかではないし、空気は読む。八方美人と言われても否定しない。そのせいか昔から盛り上げ役や相談役に宛がわれやすい。  そんな正反対に思える俺らでも、相性が良いと言われるくらいには職場でセット扱いだ。  それを言われたときはむず痒い気分になったのを覚えてる。嬉しくて痒い。  注文後しばらくして運ばれてきた目玉焼きハンバーグと明太パスタ、追加した海藻サラダを半々で別けて食べ始めるも、その間の殆どは無言である。  ゆっくりのんびりした雰囲気を感じているせいか、翔君と一緒に居ると無言は全く苦痛にならない。  むしろ食べてる姿が可愛くてチラチラ見ていると、それに気付いた翔君が咀嚼しながら首をかしげるもんだから尚更可愛くて、ニヤニヤも追加される。変態みたいだ。 「───今日から夕勤に新人来てるらしい」 「え、マジで。どこ情報よそれ」  粗方食事が片付いたあとで、飲み放題のサーバーから取ってきた温かいお茶を飲んでいると、サラダをつついていた翔君がクッション言葉もなく言った。  夕勤は18時から24時までのシフトである。昼勤、夕勤、夜勤という区切りの中で最も人数が揃っているが、最もスタッフの入れ代わりが激しい時間帯。 大学生や暇を持て余した主婦、ダブルワークの人などがよく入ってきては、想像していたよりもハードな運動量ですぐにやめてしまう。  フリータイムサービスや休憩を使う常連客が自動で宿泊に切り替わる直前に退室するのもあるのだが、夕方から深夜までにかけては基本的に回転が早いのもある。  夜勤だからなのかは分からないけど、たまに夕勤に入って忙しいとは思っても、体力的に辛いとかハードと思ったことはない。  すぐ辞めたと聞くと、清掃なのだから動く前提の仕事だと分かるはずなのに、なんて苦笑いする事もある。 背もたれに寄りかかって溜め息を吐いた。 「そっかー、明日夕勤なんだよなあ」 「来るかは知らないけど」 面接しておいて初日来ないという人もよく居る。それが学生や若者ではなく、30代以降になると流石に呆れるのだけれど。 「どんな人かな」 「興味ある?」 「続きそうかどうか不安。人が居ないと夕勤にぶっこまれるんだもんさあ、俺はあの泥沼に居るより翔くんとのーんびり仕事したーい」 「うん」  俺の冗談交じりに言った願望に即答で同意してほんのり笑った翔君に、勝手に心中で舞い上がってしまった。  微笑みの攻撃力半端ねぇな。
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