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「あっ! そういえばさ、姉貴知ってるか?」
弟が大きな声を上げる。どうせまたくだらないことを言い出すに決まっているので無視しておいた。
「なぁなぁ、姉貴ってば。おーい、お姉さまー」
だが弟はなかなかしつこい。やれやれ、だ。
「ああ、もううるさいわね。何なのよ。さっさと手を動かしなさい。早く終わらせてビールでも飲みに行くわよ」
私と弟は今、廃棄物の処理をしている。私は〝処理屋〟と呼ばれており金さえもらえば何でも処分する。その中で一番儲かるのがこの廃棄物の処理だ。公にはできない色々なモノを〝なかったこと〟にしている。アレを山の中に埋めたりソレを海に沈めたり。見つかったらえらいことになるのでそういう時は二歳年下の弟に助っ人を頼むことが多い。今年二十八歳のフリーターで時間の都合もつけやすいし何と言ってもやっぱり身内は安心だ。今回は焼却炉に不要物を放り込んでいくだけのどちらかというと楽な作業。
「お、ビールいいねぇ。でさ、知ってる?」
「だから何をよ」
「猫ってさ、長生きすると化けるらしいんだぜ? すげぇよな。うちのみぃちゃんも化け猫になってくんねぇかな」
弟は最近になって猫を飼い始めた。みぃちゃんというベタな名前らしい。
「それさ、化け猫じゃなくて猫又じゃないの?」
「猫又? 何それ」
私はポケットからスマホを取り出し検索結果を弟の鼻先に突きつけた。
「ほら、こういうやつ」
弟は感心したように「へぇ」とか「ほぉ」とか言いながらスマホの画面を見ている。
「それよりあっちの袋早めに処理しちゃってよ。さっきから臭いんだってば」
スマホをしまい部屋の隅に置かれたビニール袋を指差す。
「へいへい」
弟はビニール袋を持ってきて固く閉じられた口を苦労して開け始めた。
「あんたんとこのみぃちゃん、何歳になるの?」
「ん? そろそろ十歳らしいよ。病院で言われた」
「へぇ。誰かにもらったんだっけ?」
弟は袋の口を開けながら頷く。
「おう、この前姉貴に頼まれて廃棄物の処理に行っただろ? あのキャンセルになっちまったやつ」
「はいはい、依頼主がえらい剣幕で怒ってたやつね。そうだ、その理由も聞こうと思ってたのよ。まぁ、いけ好かないヤツで縁切ろうと思ってたから丁度いいっちゃあ丁度よかったんだけどね。金払い悪いわりに人使い荒いから」
「ホント嫌なヤツだったよ。あの時現場行ったら猫がいてさ、それ見て『こいつも一緒に処分しとくか』なんてふざけたこと抜かしやがったんだぜ? むかつくだろ? だからぶん殴って猫だけ連れてきたんだ」
「ああ、なるほどね……そりゃキャンセルになるわな」
仕事がキャンセルになった理由を私は今知った。でも弟の気持ちはよくわかるので不問にしておく。
「十歳っていってもまだまだ若くてさ、毛なんかもうツヤツヤなんだぜ」
弟はだらしのない笑みを浮かべている。
「ふぅん。ちゃんと面倒みてあげるんだよ」
「もちろん! うわ、くせぇなぁ、この袋」
口を開けた途端異臭を放つ袋の中身を弟はイヤそうに見ている。
「しゃーないでしょ。ま、中身の処理よりは楽なんだから文句言わないの」
「ま、確かにな。この中身はまたどっかに埋めてんの? 一緒に燃やしちまえばいいのに」
「さぁ、何か理由があんでしょ。今回そっちの処理は任されてないから知らない」
弟は血や汚物に塗れた衣類やシーツを焼却炉の中に放り込んでいく。
「姉貴はもう猫飼わないのか?」
私も以前猫を飼っていたがその子が亡くなってからは飼っていない。
「うーん、死んじゃうと可哀想だしね。でもたまに部屋の中にあの子の気配を感じることがあるんだよねぇ。化けて出てきてくれたらいいのにな」
すると弟は神妙な顔で頷いた。
「だよな、猫の幽霊だったら大歓迎。あ、でも俺ん家さ、いるかもしんない」
「いるって何が?」
「猫の幽霊。だってみぃちゃんが何にもないとこ見て唸り声上げたりしてるもん。猫のお仲間が遊びに来てるんじゃないかなぁ」
「ああ……それは……」
多分猫の幽霊じゃあなくて……と思ったが「そうかもねぇ」と曖昧に笑っておいた。弟は呑気に「だよな、うんうん」と嬉しそうにしている。ま、いいか。
了
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