ひとりぼっちユウシャ

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ひとりぼっちユウシャ

 勉強とか、将来のためとか、そんなの考えるのもだるいなあって思ってた。  そんな考え方してたらクズだとか、そういうのもわかってる。けど、面倒くさいものは仕方ない。長生きしたいとか、あれがしたいこれがしたいって願望もない。ゲームばっかりしてる毎日だけど、明日死ぬんならそれはそれで別に良いし。  そういうクズな思考してるから、バチが当たったんだと思う。  人生って、どういうタイミングでどういうきっかけがあって変わるものなのか、誰も分かれば苦労しない。俺も、たとえアレを知っていたところで今以外の選択が出来たとは思えない。きっかけはいつもやってたゲームで、いつも通り初心者相手にマウントとって粋がってただけだった。 「だから、弾の残量とか常に計算しとかないと、いざってときにリロードしてたら死ぬから」 「そっかあ、なかなか難しいね」  その日出会ったのは、中級ダンジョンにいたドのつく初心者だった。  息子にせがまれてゲームを始めた父親、みたいな感じ。いや実際には知らないけど。ゲームの説明以前に、まず操作説明とかから始めなきゃいけないような、そんな奴だった。見た目もまんま初期アバターで、一昔前の量産型ロボみたいな白いスキンとフルフェイスマスク。ダサいし弱いしで目も当てられなかった。  なんでこんなところに来たんだって思うくらい、下手くそのボロボロだったそいつを助けたところ、すごく懐かれた。 「あと、また○ボタンと×ボタン間違えたろ、どうやったらそのミス繰り返すんだよ」 「いやあ、慣れないと難しいよ。私に比べて君は本当に上手だね」 「当たり前。どんだけこのゲームやってると思ってんの。初心者と比べないでほしい」  ゾンビ化したモンスターを倒すのに、銃と回復を間違えるような初心者が、なんでこんなところまで来てんだと聞けば、「すぐに上達しなければならない理由がある」とかなんとか。たぶん、一緒に遊ぼうと誘った友だちか何かのためなんだろうと、それ以上は踏み込まなかった。  もうずっと一人でオンラインプレイしているのに、友だち一人ろくに出来ない俺とは違う世界を生きてるんだろう。友だちのために苦手なゲームを頑張る健気な彼(彼女?)を内心馬鹿にしながら、何度も根気強く教えては、感謝されることに快感を覚えていた。こんなにも性格の悪い俺のことを、そいつはちっとも疑いもせず、何度も褒めてくれた。 「君のような凄腕のプロに教えを乞うことができて、とても光栄だよ」 「そうかよ」 「一つ聞きたいのだけれど、君はそれだけの腕がありながら、どうしてこんなダンジョンにいたんだい?君のレベルからすると、退屈な場所なんじゃないかい?」 「……ここより上のダンジョンはな、行けば行くほど、誰かとの協力プレイが必要になるんだ」  つまらない態度で、俺はそう教えてやる。敵の攻撃の威力も頻度も、ソロプレイじゃなかなか厳しい。回復役とか盾役とか、役割分担して進めていくのが基本スタイルのゲームなので、ソロでここまでレベルが上がってる方がおかしいことくらい、わかってる。  無駄にレベルが上がったせいで、その辺の奴らじゃ尻込みして協力なんかしてもらえないし、高レベルの奴らはすでにパーティやらギルドやらが出来上がっていて、コミュ障の俺には荷が重い。現実でもゲームでも、結局誰かと何かを成し遂げるなんて出来るはずがなかったのだ。 「なるほど。つまり君は、ここで仲間を探していたってわけだ」 「いや?仲間なんていらないし、ここでずっと周回してるだけ。意味なんてない」 「そう言って、諦めたフリをしているだけだろう。じゃなきゃ、単調で簡単な同じゲームを繰り返すなんてつまらない真似、できるはずがない」  奴は知った風なことを言って笑っていた。俺のことを馬鹿にしていたのかもしれない。けど、俺が反論するよりも先にこう言った。 「大丈夫。私がいる。すぐに君の実力に追いついてみせる。そのときは一緒に先の世界へと進もう」 「何言ってんの」 「任せてほしい。きっと君の力になる」 「……まず回復役を敵に投げる癖を直してから言え」 「おや」  初心者でもしないようなつまらないミスを連発しながら、そんなことを言ったそいつに俺は少なからず、嬉しい気持ちはあった。上達しなくてもいつまでも付き合うつもりだったし、そうして、ゲームくらいしかできない俺を尊敬するそいつが、一緒に遊んでくれるなら悪くないと思ってた。  そろそろログアウトしようかと思った頃に貰った、そいつのフレンドカードは「nf-012」と書かれていた。こんなところまで初期設定のままなのかと、俺は笑っていた。 「なんて読むんだよこれ」 「nf-012だよ。覚えやすくないかい?」 「番号はな。呼びづらいわ。nfって何」 「not foundだよ。呼びづらいなら、自由に呼称を決めてくれて構わないよ」 「呼称って……ニックネームくらい自分で決めろよ」 「難しいね」 「じゃあ、次会うときに考えといてやる」  そんな他愛もない話をして、次遊ぶ約束をして、それで満足だった。  だからこんなにもあっさりと、あいつとゲームが出来なくなるだなんて、思ってもいなかった。明日にも俺が死んだって、何も思わないだろう世界が、こんな風に変わるだなんて想像もしてなかった。  ゲームを辞めて、晩メシを食べてさっさと風呂入って寝ようと階段をそっと降りたとき、まだ両親が帰ってきてなかったことに多少の違和感はあった。いつも遅くに帰ってくるのは知っていたけど、その日は日付が変わっても帰ってこなかった。  顔を合わせても父親にはため息をつかれたりするので、ラッキーだったなとか、仕事でトラブルでもあったんだろうとか、その程度にしか捉えず、俺はさっさと眠ってしまった。深夜でもニュースだの、SNSだの見ていれば、まだ変わっていたかもしれない。  ……いや、何も変えられはしなかっただろうな。翌朝にはもう、世界はすっかり様相を変えてしまっていた。朝の8時を過ぎたくらいだったろうか。滅多に開けないカーテンの外からは、太陽光より強烈な閃光が何度も放たれ、ダンダン!と大きな音を立てて、両親だったモノが玄関をぶち破ろうとしていた。俺は鍵を閉めて部屋で縮こまっているほかなかった。 「死んだって誰も困らないだろうけど、せめて一思いに楽にしてほしかったな……」  目が覚めて窓から見えたのは、とんでもない量のヘリとそこからの爆撃。道には昨晩ゲームでずっと見ていたような、ゾンビの群れが歩き回ったり、人を追いかけたり爆撃に巻き込まれたりしている地獄のような光景が溢れていた。まだ夢でも見ているのかと思った矢先、玄関が酷く叩かれ、両親がまだ帰ってきてない事に気づく。  ニュースはこんな事件を取り上げもせず何も言わないくせに、SNSじゃかつてのクラスメイトの投稿が、上がっては消されていた。そのうちエラーが発生して、更新もできなくなって何も分からなくなった。何が起こっているのかも教えられず、けれど異常なことだけはわかる。それでも、俺には何も出来ることがなかった。 「どうしろって言うんだよ……」  窓から見える地獄を、なんとか手元の端末に写真として残す。録画も回して、とんでもない爆発音を残す。それが何の意味があるかなんて考えたくもなかったが、何もしなければ気が狂いそうだったから。  一際大きな爆発が目の前で起こって、とんでもない衝撃に自分の体が吹っ飛ぶような心地だった。実際、俺はかなり吹っ飛ばされていたようで、たぶん家も壊れてがれきになってたんじゃないかと思う。間近で爆発を見たせいで、しばらく目が眩んでいた俺がようやく見たのは、がれきの下で這いつくばっている自分と、そんな自分を取り囲むゾンビたちだった。 「終わった……」  ゲームばっかりしてたから、いよいよ罰が当たったなとか、真面目な学校に通ってたらこんな目に遭わずに済んだかなとか、少しだけそんな後悔も頭によぎった。俺の周りには、自分の通ってた学校の制服を着た奴らもいた。この中に両親が紛れ込んでいても、映画みたいに見抜いたりするのは俺には無理そう、とか、ズレたことを考えていた矢先、さっきの爆発とも違う衝撃が辺りに響いた。 「ようやく見つけた。間に合って良かったよ」  どうやらその衝撃は、そいつの仕業らしかった。辺りにいたゾンビは軒並み蹴散らされ、そいつは俺に絆創膏を投げて寄越してきた。白いスキンにフルフェイスを見て、俺はハッとする。 「いやあ、ゲームのアバターって当てにならないね。見つけても、本当に君かどうか判別がつかなくて、ちょっと尻込みしてしまったよ」 「お前、まさか」 「あ、気づいてくれた?nf-012です。割とこのままの見た目設定でアバターも作ってたはずなんだけど、人ってロボの区別がつかないっていうもんね」  照れくさそうな声は、ゲームで聞いていた声とほとんど同じで、肉声で聞いてるはずなのにヘッドホンを通じているような違和感のせいでしっくりこなかった。見た目は、初期アバターと馬鹿にしていたあの容姿そのままで、リアルなグラフィックのゲームに迷い込んだ気さえした。 「助けて、くれたのか?」 「先に助けてくれたのは君だよ。銃の撃ち方から戦い方まで、丁寧に君が教えてくれたおかげで、想定より早く実戦に出られた」 「……実戦、」 「ところで、プロレベルの君にお願いがあるんだけど……私と一緒に戦ってくれるかな。君とならより高レベルのダンジョンでも、この地獄の果てでも、どこへでも行けると思うんだ」  ロボットと自分で言うからには、こいつは現実とゲームの区別もないのだろうか。ゲームのように銃を構え、ゲームのように同じ制服の奴らを撃ち抜いていったnf-012。およそ人の動きとは思えないそれの躊躇いのなさに、俺は黙って見ているしかできなかった。 「とはいえ、今は君も装備を失った初心者も同然だものね。ひとまずは安全なところまで、移動しようか」  ゾンビの山を踏み抜き、俺を覆っていたがれきを軽々と押しのけてそいつは俺を掬い上げてくれた。事情も飲み込めず、今にも目が回って気が遠くなりそうな俺へ、そいつはフルフェイスについているモニターに「笑顔」を浮かべた。顔文字みたいなそれに、俺はひくりと口角が痙攣する。 「これからよろしくね、ユウシャ」 「……やめてくれよ」  ゲームを始めた当初、粋がってつけた恥ずかしいネーミングを、俺は心から後悔した。
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