エミール・ゾラへの返信(影山飛鳥シリーズ05)

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エミール・ゾラへの返信 第1章 あいつに殺される  それは2013年10月1日だった。 「あいつに殺されるんです」 そう言って影山飛鳥の探偵事務所にひとりの男が転がり込んで来た。 「あいつって誰ですか?」 「あいつです。あいつ」 「名前は?」 「あいつなんです」  しかし、その男の言うことはどうもわからなかった。 「冷静になってください。先ずあなたのお名前は?」 「僕は堂本慎一です」 「では堂本さん、そのあいつって誰なんですか?」 「わかりません」 「わからない?」 「わからないんです。でも、あいつが僕を殺しに来るんです」 「どうして?」 「わかりません」 「わからない?」 「わからないけど、殺しに来るんです」  私の横に座って一緒に堂本の話を聞いていた助手の鈴木がお手上げだというジェスチャーをした。 「でも堂本さん、どうしてあなたが殺されると思ったんですか?」 「言われたんです」 「誰に?」 「そいつにです」 「そいつとは、そのあいつですか?」 「ええ」 「そのあいつには何と言われたんですか?」 「次は殺すと」 「どうしてその人があなたを殺すと」 「わかりません」 「心当たりがないんですね?」 「はい」 「顔とかにも見覚えがないんですか?」 「満員電車の中で後ろから言われたんです」 「電車の中でですか」 「耳元で囁かれたんです。駅に停車する直前で。それで振り返ったらどっと人が降りてしまって誰だかわからなかったんです」 「なるほど」 「ふと首の後ろに手をやると血が出てたんですよ。鋭い千枚通しのようなもので突かれたような傷が残ってました」 「なるほど、単なる脅しじゃないっていうことでしょうか」 「TVドラマで恨み晴らしますっていうドラマがあったでしょ。それで怖くなってしまって」 「それはいつの話ですか?」 「10日ほど前です」 「すると」  と言って影山は事務所に下がっているカレンダーを見た。 「9月21日ですか?」 「ええと、はい。そうです」 「警察にはそのお話はされましたか?」 「ええ、でも話は聞いてくれましたが、どうも頼りない返事だったので」 「動機や犯人像が浮かび上がらないと堂本さんを保護するまでには行かないのでしょうね」 「それでどうも警察が当てにならない気がして、それで迷った挙句ここに来たんです」 「堂本さん、あいつということはそれは男だったのですね」 「はい」 「誰かに恨まれるとかそういうことはないということですね?」 「はい。僕にはその覚えはありませんが・・・・・・」  堂本の返事は歯切れが悪かった。 「でも殺されるまで酷い恨みを買うようなことはやはり考えられません」  私はこれは意外に難事件になりそうな予感がしていた。
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