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第17章 脅迫
俺がその女から強要されたのは二人の人間の脅しだった。脅しだなんて、脅されることはあってもそんなこと金輪際したことがなかった。
しかし、痴漢行為が赦されることの引き換えに、そして担保に取られた免許証を取り返すために俺は仕方なくその脅しに手を貸すことにした。
その夜、その女と待ち合わせてどんなことをするのかを聞いた。すると脅しと言っても俺にも出来る方法で、しかも相手に見られることもなく済ませられることだったので俺は寧ろそれを楽しんでやれるのではないかと乗り気になった。
先ずは脅しの手紙だった。それをポストに投函するだけだった。あの女がワープロで打った手紙をただポストに投げ入れるだけだった。
「指紋には気をつけてよ」
俺はそう言われたので軍手をはめてその封筒を投げ入れた。あの女からはビニール袋に入ったそれを預かったので、その中から封筒を取り出し、そして指示された家のポストに投函したのだった。
その家の表札には「堂本」とあった。確かあの女が言ってた名字は「藤木」だったはずだ。それに住所も間違いなかった。しかし人目が気になったので、さっさと済ませたかったこともあり、構わずそこへ投函をした。
次にその女はある男を脅すこと指示した。俺はその女に言われたとおりの時間に言われた電車に乗り込んだ。その女がどうしてその男の行動を知ることが出来たのかはわからないが、どうやら探偵に調べてもらったらしい。
男はつり革につかまって満員電車の揺れに必死になって抵抗していた。俺はまるで痴漢をするのと同じような気分でその男の後ろに立った。しかし相手は女ではなく男である。それでいざ後ろに立つといつもはわくわくする気持ちがそこまでは自分の気持ちを高揚させることが出来ないでいた。それでいつやろうかと、寧ろその実行の時期を先送りしていた。
(まずい、そろそろこいつの降りる駅になっちまう)
俺はそう思って仕方なく行動を起こした。俺はそいつが降りる駅の手前で自分の口元をそいつの耳元に近づけたのだった。
「次は殺すからな」
しかしその言葉が自分の口から発せられた時、俺は痴漢とは別の快感を得ていた。その言葉が俺の唇を震わせ、そいつの耳に伝わり、そいつの鼓膜を振動させた瞬間、何か今までとは違ったエクスタシーが俺の中に込み上げて来たのだった。
見るとそいつは微動だにせず俺の言葉を全面的に受け入れていた。おそらく瞳孔も開いていただろうと想像した。男が男に感じる。俺は今まで味わったことがなかった奇妙な快感に酔いしれていた。それから俺は何かの時のために用意していた千枚通しをカバンから取り出した。そこまではあの女に言われてはいなかったが、それをそいつの首すじに向けて息をゆっくり吐き出した。その時その電車のドアが開いた。
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