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第18章 入れ違い
あの男は確かに私の指示とおりにしたはずだった。しかしその翌日またあの女が私を訪ねて来た。それであの女はあの程度の脅迫では動じない性格なのかと思った。私は他の社員に話を聞かれたくなかったので、仕方なく一時外出をお願いしてあの女と近くの喫茶店に行った。
「あんたもしつこいね」
「あなたが本当のことを言っていただけるまで何度でも来ます」
「私を脅す気?」
「そんなつもりはありません」
「だってこれって脅しじゃない? 私何も知らないし」
「ですがどうしても堂本さんの無実を晴らしたいんです」
「なんでそこまでするの?」
「あなたは無実の疑いを掛けられて、それで苦しんでる人の気持ちを考えたことがありますか?」
「ないよ。そういう紛らわしいことをしないから」
「じゃあこれ以上言っても無駄ですか?」
「こっちは迷惑してるしね。あんたが会社に押し掛けてくる度に私が白い目で見られてるんだよ。わかる?」
「それでしたらこうやって別の場所でお話をしたらいいじゃないですか」
「それだって迷惑。だってそうしなくちゃならない義務なんて私にはないんだから」
「ありますよ」
「どんな?」
「あなたがあの事件の犯人は堂本さんではないって訂正する義務です」
その時私は自分にそんな義務が果たしてあるのだろうかと思った。そしてそれが私にあったとしてもなかったとしても、こう度々この女が自分のところに来て迷惑をかけられるよりは、いっそのことこの女の言うとおりにすればずっと面倒がないと思った。
「なら、そう言えばいいの?」
「え?」
「だってね、なんかめんどくさくなって来ちゃって。だからそんなことで済むんだったら言っても構わないかなって」
「訂正してくださるんですか?」
「どうすればいいの?」
「堂本さんに聞いてみます。堂本さんが納得するやり方が一番良いと思いますから」
「うん。わかった。じゃあそうして」
「はい。ありがとうございます」
するとその女は急に名前と住所をそこにあった紙に書き始めた。
「その住所って?」
「これは私の住所です」
「え?」
それは前回会社にやって来た時にその女が指し示したものとは違っていた。
「これって前に言ってた住所じゃないよね?」
「え?」
「前にあんたが会社に押し掛けて来た時に名前と住所を紙に書いて説明してたでしょ?」
「あ、あの住所は堂本さんのです」
「あの男の?」
「はい。堂本さん引越しされたから以前住んでるところとは違いますよっていうお話をしたと思います。あの時は森下さんから堂本さんに堂本さんが無実だというお手紙を出して欲しいというお話をしたと思います」
「そうだったのね」
(私はあの時は怒りでこの女の言ってることを半分も聞いていなかった)
「ですからその送付先を書いて説明したと思います」
(私はしまったと思った。これではあの男は堂本のポストにあの脅迫状を入れたのだと思った)
「それで今度はどうしたいの?」
「私のところに堂本さんを呼んで、そしてその時森下さんもお越しくださればと思います」
「わかった」
「ですから私の住所をお知らせしておきます」
「ここへ行けばいいのね?」
「はい」
「了解」
「今日はありがとうございました。感謝いたします。それからその時は宜しくお願いします」
その女は満足げに深々と頭を下げて帰って行った。私はその女と別れた後、再びあの男に連絡を取った。あの男は今更なんだと言ったが、脅迫状を間違ったところに投函したことを告げ、そしてそのリカバーにもう一度だけ付き合うように指示をした。あの男は投函ミスは自分の責任じゃないと主張したが、表札が違った時点で確認の電話をしなかったのはそっちの重大なミスだと指摘するとしぶしぶ新たな指示に応じた。
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