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第21章 結末
「本間さん、これが書かれたのは半月ほど前ですね。この便箋の一枚目に書かれたものより後に書かれたと見てよいでしょう」
「そうですね」
「そして藤木さんが堂本さんの冤罪を晴らすために被害者に会いに行ったこともここからわかります」
「その線は全く思ってもみませんでした」
「藤木さんがその被害者に会いに行ってどうなったのかそれが気になります。この文面を見るとどうしても冤罪を晴らしたいという彼女の強い意志が窺えます。簡単なことでは引き下がらないぞという強い決意です。」
「でもあの犯行は男の仕業だと思われますが」
「その通りです。仮に藤木さんが被害者に会いに行ったとします。そして堂本さんの冤罪を晴らそうとしたとしても、被害者の女性はそんなことであんな凶行に走るでしょうか?」
「はい」
「では、藤木さんがその女性に会ってそれからあれは冤罪ですと詰め寄ったとして、それからどうなりますか?」
影山はそこにいる全員にその問い掛けをした。しかし全員が無言だったので影山は言葉を続けた。
「仮にそれが冤罪だとしても被害者を特に責めることはできないでしょう」
「自分が騒ぎの元なのにですか?」
それは鈴木だった。
「堂本さんが有罪になったのは裁判でだからね。だからその発端が被害者だとしても裁判で無罪になっていればそれはそれで許される程度のものだったのではないかな?」
「それはそうですが、おそらく会社も辞めなくてよかったでしょうし」
鈴木が不満そうにそう言った。
「つまり被害者はそれほど堂本さんの冤罪について責任を感じる必要がないということさ。だからいくら藤木さんに責められたとしても、それがために彼女を殺すに至るほど抑圧されることはないと思うんだ」
「じゃあ誰がやったんですか?」
「まさか行きずりの殺しとか?」
本間と三日月が立て続けてそう聞いた。
「本間さん、現場に争った跡は?」
「いいえ、それで顔見知りの犯行だということになりました。そしてそこに残されていた手紙のこともあって真っ先に堂本さんに疑いがかかったのです」
「すると行きずりということは考えられませんね。相手を知っていて自宅の中に招き入れたと考えられるわけですから」
「はい」
「藤木さんの私生活は調査されましたか?」
「会社をしばらくお休みしていたようです。ですからその間、人付き合いもなく、これといって疑わし人は浮かんで来なかったんです」
「するとやはりその被害者が一番臭いですよね?」
「うーん・・・・・・」
そこで本間はいよいよ考え込んでしまった。
「本間さん、その被害者を当たってください。そして被害者の最近の動向と人間関係を洗ってください」
「わかりました」
本間は影山の依頼にそう答えると三日月に行くぞと言ってその事務所を慌しく出て行った。三日月は証拠品の便箋を急いでかばんに戻すと早足で本間の後を追い掛けて行った。それで事務所の中が急に静かになった。
「堂本さん、気を落とさないでください」
西日が事務所の窓から差し込んで堂本の横顔を照らしていた。
「あの破り捨ててしまった手紙なんですが」
それからどれくらい経っただろうか、堂本がまるでつぶやくようにしゃべりだした。
「あの手紙、どうしてあんな真ん中あたりから書き始めたのでしょうか?」
「きっと便箋が他になかったからでしょう。藤木さんは堂本さん、あなたにすぐにでもあの文面を送りたかったのだと思います。それでとりあえず目の前にあった便箋を開いたのだと思います。するとそこには以前あなたが彼女を心配して色々とアプローチしていた時にそれを拒絶する内容を書いた文面が出て来た。どう思いますか? その時の藤木さんの心境は」
しかし堂本はそれには何も応えなかった。
「今から生まれ変わろう。新しい自分になろうと思った時に、そんな暗い時期の自分を思い出させる文章なんて見たくはないでしょう。それでその重い気持ちを断ち切るために、そしてそれを後ろへ追いやるようにあの便箋を数枚めくったのだろうと思うんです。もうそれは過去のこと、過ぎ去った悪い夢だから忘れるんだみたいな気持ちでね。それで新たな気持ちであなたにあの手紙を書き出したのだと思います」
影山は自分ひとりでしゃべり過ぎてるような気がしたのでそこでワンクッション置いた。そして堂本を改めて見た。しかし堂本は沈みかけている夕日を黙って見ているだけだった。それで先を続けることにした。
「でもなかなか自分の思いを伝える文章にならなかったのでしょう。それでそれを破って捨ててしまったのではないでしょうか。それがあの便箋の破り取られた跡だったのです。そしてその時・・・・・・」
「その時?」
堂本は影山の話を聞いていないわけではなかった。
「その時犯人が玄関のドアをノックしたのでしょうね」
「そうなんですね」
堂本は力のない相槌を打った。
「藤木さんがその便箋を破り捨てたタイミングとそこを犯人が訪れたタイミングとがどれほど近接していたかは今はわかりませんが」
「そういえば彼女の家に行った時にシュレッターを見かけました。普通の家にそんなものがあったので珍しいなと思ったのですが」
「では本間さんに言ってそのシュレッターも調べてもらいましょうか。もしかしたらそこからこなごなになったその手紙が見つかるかもしれませんから」
それから少しして影山は本間から痴漢事件の被害者だった森下と堂本に無実の罪を着せた真犯人の平田を逮捕したという連絡を受けた。そして二人は取調べ室で堂本への脅迫状の送付と電車の中での傷害についても自供したとのことだった。
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