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第2章 理由
満員電車の中での脅しは実は二度目のことだった。一度目はその前日に自宅の郵便受けに入っていた脅迫状だった。そこにはこう書かれてあった。
「いい加減に手を引け」
僕は最初その文面を見たときにいったい何のことかと思った。手を引けとは何から手を引けばいいのかという思いが瞬時に頭の中からわきあがった。
それは今の事業に関係することだろうか。最初に思ったのはそのことだった。脱サラをして今から2年ちょっと前に始めた事業が去年から上り調子に成ってきた。それまでは鳴かず飛ばずのぎりぎりの経営をしていたものが、何をきっかけかはわからなかったが僕のデザインするテキスタイルが大手衣服メーカーに採用されることとなった。
それでどっと収益が跳ね上がった。今までそのメーカーとデザイン関係で取引をしていた企業はその範囲を縮小され、或いは撤退して行った。申し訳ない気もしたが伸るか反るかのこの業界、かわいそうというだけでは救うことは出来ない。もしかしたらあの時それが元で倒産してしまった企業があったかもしれない。それでその関係者が僕に恨みを持つことも考えられなくはないと思った。しかしそんなことで恨みを買うのであれば、いったいどうやってこの世を生きて行けばいいのだろうか。僕はそう思った。それでその差出人のない手紙はそのままで置くことにしたのだった。ところがそれが言葉だけではなく、実際に行動を伴ったものに変わるとさすがに放置しておくことは出来なくなった。
(殺される)
あの時僕は本当にそう思った。
「堂本さん、今度のこの脅迫の原因については身に覚えがないということをおっしゃっていましたが」
「はい」
「私にはそれが歯切れ悪く感じられました」
「え」
「どんなことでも結構ですから、もし何か思い当たるようなことがあったら聞かせて頂きたいのですが」
「そう言われましてもこのご時世、道で肩がぶつかっただけで命のやり取りに発展しかねないですから」
「そうですね。そう考えると切りがないですね」
「僕もあれこれ考えてはみたのですが、そこまでのことを含めると本当に際限ないんです。逆に本当に恨みを買うようなことをしたのかどうかを考えると、それはないだろうという結論になるんです」
「時に堂本さんはどんなお仕事をされているのですか?」
「え?」
「いえ、平日の昼間にそのようなラフな格好をされているのでサラリーマンの方ではないなと思いまして」
「あ、そう見えますか。でも今日は仕事がお休みだということも考えられなくないですか?」
「サラリーマンの方ですか?」
「いいえ、会社を経営しています」
「やっぱり」
「どうしておわかりになりましたか?」
「今日がたまたまお休みなら、その服がいつも着慣れた感じに見えるのが不思議だなと」
「ははは、そうですか。確かにこの服はお気に入りでよく着ています。しかもどこか目的を持って出掛ける時は、あれこれ悩んだ挙句結局この服に決まってしまうんです」
堂本からはやっと笑顔が見られた。そこで影山は初めて彼のプライベートなことに踏み入って行く質問を始めたのだった。
「どんな会社を経営されているのですか?」
「デザインの会社です。大手衣服メーカーとコラボして商品開発とかしてます」
「デザインですか。創造性のある仕事は魅力的ですね」
「ははは、探偵さんのお仕事も想像力の世界ですからね」
「どちらかと言えば空想力でしょうか」
「ははは」
「もうどれくらいそのお仕事をされているんですか?」
「3年目に入りました」
「そうしますとその前は」
「サラリーマンでした」
「サラリーマンですか」
「ええ、脱サラをして自分の好きなデザインの会社を立ち上げたんです」
「と言いますとそれまでの仕事と今の仕事とは関連性がないということになりますか?」
「はい」
話はそこで急にブレーキがかかった。はいと一言で終わってしまっては、次につなげる話題が見つからなかったからだ。そこで影山はここに何か秘密があるのではないかとにらんだ。
「以前のお仕事はどんなことをされていたのですか?」
「イベントの企画です」
「イベント?」
「展示会の企画とかです」
影山は話のスピードが重たくなったのを感じていた。それでますますおかしいぞと思っていたのだった。
「楽しかったですか?」
「そうですね。結構充実していました」
「なのにそこを辞めてしまった」
「まあ、そうですね」
「どうしてですか?」
「それはその、一身上の都合といいますか、ははは」
「一身上の都合ですか。するとそのことはあまり話したくないとか?」
「まあ出来れば」
影山はやっと話が核心に至ったのだと思った。
「堂本さん、今回の事件はそれが関係してはいないでしょうか?」
「え?」
「その会社を辞めたことで、何か恨みを買うとかそういったことはありませんか?」
その時堂本はあっという顔をして影山を見た。
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