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第22章 藤木の最期
その日平田が森下から連絡を受けて自分が投函するはずだった藤木という女の住所を聞くと、その女がどんな容姿をしているかが急に気になった。そして更にはその女が若い女かどうかも気になった。そしてそれが森下の口からそうだということを知らされると、森下と一緒にそこを訪れる前にその女を一度見てみたくなったのだ。
「やっぱり俺は病気かなあ」
森下の言いつけで暫く痴漢は出来なくなっていた。するとその手の店でうさばらしをしたくなったのだがそのような余裕は平田にはなかった。
するとそれはそこに降ってわいたような美味しい情報だった。確かにそれが本当に美味しいかどうかは実際にその女を見てみないとわからなかったが、何をするでもない生活をしていた平田にはそこへ行ってみようという思い付きが閃いたのだった。
「森下さんの代理の者です」
その女は意外にもあっさりとドアを開けてくれた。そして俺はその瞬間目の前に立っていたその姿を見て狂喜した。それは思った以上に美しい女だった。
(やった。来て正解)
俺は心が躍った。
「ちょうど今、堂本さんへの手紙を書こうと思っていたところなんです」
「そうなんですか」
俺は羊の顔をしてその部屋に上がりこんだ。
「手紙を堂本さんに送って、それでここへ来て頂く日を決めます。そうしたら森下さんにお話ししていたように森下さんにもここへお越しいただいて」
「はい。そう伝えます」
「あ、お茶も出さないで済みません」
そこまで話をすると突然その女はキッチンのある方へ行ってしまった。俺と一緒の空間にいることが息苦しくなったのだろうかと思った。俺がその女の瞳、唇をまじまじと見つめ過ぎたのかもしれないと思った。
ふと見ると女の座っていた席に便箋が閉じて置かれていた。俺はどんな手紙を書いているのだろうかと気になってそれを盗み見してみることにした。しかしそれを読んでこれは何の手紙かと思った。それは本当に堂本とかいうあの男に出す手紙なのだろうかと思った。それを読む限り、それはストーカー行為はもうやめてくれという内容にしか思えなかったからだ。
「どんな手紙を書かれていたんですか?」
「はい?」
それから居間とキッチンとで会話が始まった。あまり静かにしているのは居心地が悪かったので俺からその女に話しかけてみたのだった。
「堂本さんにはどんな手紙を出されるんですか?」
「いつ来られますかと書こうかと」
その声が聞こえた瞬間、女が居間にお盆を抱えて戻って来た。
「変でしょうか?」
「変というか、唐突にそう書かれるのですか?」
「正直なところどう書こうかと迷ってます」
確かにあの書き出しはその後の話の展開を思うと、とんちんかんな内容だと思った。それでこの女はよっぽど混乱してそしてどう書こうかと迷っているのだと思った。
「森下さんを痴漢したのは堂本さんではないことがわかったことを伝えるんですよね?」
「はい」
「その理由は書きますか?」
「理由ですか?」
「はい。例えば真犯人が見つかったとか」
「え! 真犯人が見つかったのですか?」
「例えばの話です」
「あ、例えばの話ですね」
俺はこの会話からこの女が真犯人が誰かなのはまだ知らないのだと思った。ということは俺の正体もわかっていないのだと。
「では森下さんが堂本さんではないということだけは思い出したというように書かれるんですか?」
「はい。そんな感じで書こうかなと」
「でも何かそれだとぴんと来ないなあ」
「やっぱりそう思われますか?」
「はい」
「ではどうしたら良いでしょうか?」
「真犯人がわかった、なら説得力があると思いますよ」
「確かに真犯人が見つかったということなら、それが一番いいとは思いますが」
「それがわかったんです」
「え?」
「真犯人がわかりました」
「本当に?」
「はい。知りたいですか?」
「え? 誰なんですか?」
「実はあなたの目の前にいます」
その時その女の瞳孔が大きく開いた。そしてその真っ黒で大きな瞳に俺の姿がきれいに映し出されたのを俺はしっかりと見た。
結局俺はその上玉を手中に納めることが出来ずに殺してしまった。あの女が叫びそうになった瞬間、俺は隠し持っていた千枚通しをその女ののど笛に突き刺していた。
俺は残念で仕方がなかった。そして殺してしまった後でどうしようかと思った。するとその時に書き掛けのあの手紙のことを幸運にも思い出したのだった。あの女はどうしてあんなわけのわからない手紙を書こうと思ったのかは理解出来ないが、あれは堂本のストーカー行為を訴える文章になっていた。堂本がこの女にストーカー行為を働き、それが高じてこの女を殺してしまったという筋書きはどうかとその時思いついたのだった。
俺は指紋を丁寧に拭き取り、そしてそこを静かに立ち去った。後は死体が誰かに発見されて、そしてあの便箋も発見されれば堂本に疑いが掛かるだろうと思った。そしてその間に俺はどこかへ高飛びをしてしまえばいいと思った。
しかし森下は俺があの女を殺したことに気がつくかもしれないと思った。しかしあの女にしても元を正せば俺と同じ穴のむじなに変わりなかった。それで俺のことは決してしゃべるはずがないと思った。
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