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第8章 余談
「実は先ほど先生が言った、僕が輝いているというお話なんですが、それって以前僕がある人に話したことと似ているんですよ」
「堂本さんも色にこだわっているんですか?」
「ええ、まあ」
「それはどんなシチュエーションだったのですか?」
「前の会社を辞める時なんです。こんな惨めな結果になったにも関わらず、それでも行く末を心配してくれた同僚がいたんです。その中の一人が涙を懸命にこらえて僕を信じてる、悔しいって言ってくれたんです」
「それって女性の方ですか?」
堂本の話を割って突然鈴木がちゃちゃを入れたがそれには構わず堂本は先を続けた。
「その人の様子に僕は心が揺れました。男は女の涙に弱いと言いますが変に感動してしまって。そして同時に僕がそこでやって来たことは全く無意味なことではなかったなと思ったんです。自分ではただ脇目も振らずに懸命に仕事をしていただけでしたが、それを見てくれていた人がいて、その人に多少なりと良い影響を与えていたんだなと」
「そんなことがあったんですね」
「はい。それで格好つけて言った言葉が心配してくれてありがとう、でも僕はここを辞めたからってそれで終わってしまうわけではないし僕は別のところで別の形でまたやって行くから、そして僕は僕の色で輝くから、だから安心してください、だったんです」
「堂本さんは堂本さんの色で輝く、ですか」
「格好つけてましたね」
「いいえ、素敵な言葉です」
「ですから、その人にもあなたの色で輝いてくださいね、陰ながら応援していますって言いました」
「あなたの色で輝いて、ですか」
「はい」
「その方はやはり女性ですね?」
「え、まあ」
「その方とはどんな関係だったのですか?」
「どんな関係と聞かれましても、単なる同僚です」
「同じ課の先輩後輩とかですか?」
「いいえ、別々の課です」
「すると・・・・・・」
「社で大きなイベントを企画することになりまして、他の課に応援を頼んだんです。その時に駆けつけてくれたのがその人でした。イベントの準備期間の約半年、ずっと一緒でした。そしてイベントでは二人で司会もやらされたりして」
「そうだったんですね」
「はい。確か2008年の12月から翌年の5月まででした」
「そのイベントが終わった後は?」
「彼女は元の課に戻って行きました。ですからそれ切りです」
「では特に何かあったわけではないのですね?」
「何かとは?」
「それが縁でお付き合いしたとか」
「いえいえ、飽くまで仕事上の付き合いですから」
「そうなんですね」
「はい」
「でも、堂本さんが退職される時に」
「はい。最後の出勤の日にわざわざ僕の席まで来てくれて、それで先ほどの話になったんです」
「なるほど、いいお話ですね」
「はい」
「その後その方からは連絡とかはありませんか?」
「いいえ」
「そうですか。残念ですね」
退職の日、堂本はその藤木美紗から手紙を受け取っていた。それはピンクの封筒にピンクの便箋が収められていて、そこには青いインクでこう書かれていた。
「イベントの時は色々とご指導いただきましてありがとうございました。とても感謝しております。私は堂本さんのことを尊敬していますし無実を固く信じています。これからも是非堂本さんらしくがんばってください」
堂本はそれを読んで嬉しかった反面、恋愛の「れ」の字も窺えない文面にがっかりしたものだった。だからその手紙のことは影山には話をしなかった。
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