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第10章 お通夜
寒くて目が覚めた。きっと酔いが冷めたからだろうと思った。見ると藤木さんも眠っていた。僕とくっつきそうな距離で体をこちらに向けていた。
(あ)
僕が何気に左手を動かそうとした時だった。その手が動かなかった。まだ目が覚めていないせいか、それがどういう状況だかよく理解出来なかった。見ると毛布がはだけていて、それは僕たちの向こうに投げ出されていた。
(これって金縛り?)
しかしそれが違うことは一瞬でわかった。それは僕の左手が彼女によって固く抱えられていたからだった。僕の左手は彼女の両手に握られていた。そしてその彼女の両手は彼女の股で挟み込むように固く締め付けられていた。これじゃ逃げられない。それで僕は観念した。
(あ、この光景)
その時僕は先ほど彼女に見せてもらったアルバムの中に彼女がこの格好をして寝ている姿があったことを思い出した。それは彼女がまだ幼い頃の写真だった。小さな布団に一人で寝ている姿を撮られたもので、今こうしているのと同じ姿で写っていた。
(無理に手を抜いたら起きてしまうかもしれない)
僕はそう思ってその体勢でじっとしていることにした。するといつの間か寝てしまったらしい。気がつくと左手は開放されていた。それで僕は体をひねって壁に掛かっていた時計を見ることが出来た。するとバスの始発まであと20分ほどだった。それで僕はまだ眠い目をこすりながら仕方なく起きることにした。
(起こしたら悪いよな)
彼女は本当に気持ちよさそうな顔をして眠っていた。
(挨拶をしないで帰るか)
しかしその時どこからそんな思いが降りて来たのか、気がつくと僕は彼女の頬に自分の唇を軽く押し当てていた。
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