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翌日の朝。
蒼穹から降り注いできた陽光に、宿を出た真幌はたまらず歓声を上げていた。両手を広げ、大きく伸びをする。路地を吹き抜ける爽風に巫女装束の緋色の裾が翻る、そのはたはたという音が耳に心地よい。
「ふふっ……今日は、とてもいい天気ですね」
つい昨日、日の出から日没後まで小雨がちらついていたのが嘘のように、その日、磨見ノ国の都・璃久扇はまぶしいほどの晴天に恵まれていた。
道端に点々と残っている水たまりは空の青を宿し、透き通った鱗のようにきらめいている。通りを歩く人々の表情も、今日のような暖かな日の光の下では、いっそう晴れやかであるように感じられた。
「あら、ずいぶん若い巫女さんじゃないか。これからどこかへ出かけるのかい?」
これから商いにでも向かうのだろうか、野菜を積んだ笊を頭に載せて歩く女が、明るい口調で尋ねてきた。
真幌は懐に手を当て、もう片方の手に持った都地図をきゅっと握りながら答える。
「はい。昨日、都に来てすぐに、お世話になった人がいて。その人のところへ、お礼に行こうと思っているんです」
「へぇ、そうなのかい。都は広いからねぇ、気をつけていくんだよ」
女が横を過ぎて去っていくのを見送ってから、真幌はそっと懐を探り、あるものを取り出した。
青紫の布地で作られた、札入れ。
(千景さんのものだという確証は、ないけれど)
日の光を浴びた札入れの色は、昨夜、ぼんやりとした提灯の光の中で真幌が見た通り、やはり夕空のような青紫色をしていた。
瞳の色と同じであるからといって、札入れが千景のものだという考えは、まったく筋が通ってはいない。けれど何か、真幌の内で兆した予感めいたものが、その考えを強く支持しているのだ。
――それに、もし予感が外れ、この札入れが千景とは何の関係のないものだとしても。
昨晩、神官には、関わり合いにならない方がいい、千景に礼など必要ないのだ、と諭された。
だが真幌は、確かに彼に、危ういところを助けてもらったのだ。にもかかわらず、何の返礼もせずに済ませてしまうのは、著しく礼を欠いているように思った。
だから、札入れが千景のものであろうとなかろうと、真幌は行くことに決めたのだ。
今一度、地図を見直す。
(よし、大丈夫)
大きく頷いてから、真幌は歩き出した。
目的地は、術師の多くが居を構えるという南西地区である。
宿屋の主人につけてもらった地図上の印を時々確認しながら、真幌は着実に歩みを進めていた。
……進めていた、つもりだったのだが。
「おや、巫女のお嬢ちゃん。ここは北東地区だよ。南西地区はまるっきり反対方向さ」
途中で違和感を覚え、道行く人に訊いてみたら、返ってきたのはこんな答え。
「え? ここに行きたいのかい? あらあら、この道からじゃ、ずいぶん遠回りになっちまうよ」
「うん? 今いる場所がわからなくなったってか? あぁそうだな。あんたの持ってるその地図だと、だいたいこの……ほら、北のあたりかな」
――やっぱり、迷った……!
生来、絶望的なまでの方向音痴で悪名高い真幌である。
当然のこと、織戸山の周辺でさえ頻繁に道に迷っては誰かに助け舟を出されていたような真幌が、都を自在に一人で歩き回れるはずはなかった。
苦悩する真幌を尻目に、太陽はあっという間に空の頂点を通り過ぎ、昼下がりの光で都全体を柔らかく包む。
それでもなお、諦めずに目的地を目指し続けた努力が功を奏したのか――周囲の空気が飴色を帯び始めた頃、真幌はようやく南西地区へと辿り着いたのだった。
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