4.汝、生贄となれ

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 琴杷は腕を組み、深刻そうに言う。 「もし、じゃぞ。もし、都が厄期に入っていたとしたなら、これはとんでもないことじゃ。おぬしが優秀じゃと認める大社の神官も、相次ぐ厄災に太刀打ちし切れぬやもしれん。そうなれば真幌にも危機が及ぶことになる」 「……厄期、ねぇ。あぁそういえば、知っていましたか、琴杷。私はこう見えて璃久扇の生まれなのですが、ちょうど私の生まれ年が都の厄期にあたりましてねぇ、かれこれ三十数年前の話になりますが」 「三十数年前じゃと? それでは……」  思案する琴杷に、和音はいつになく引き締まった顔つきで頷いた。 「ええ。厄期に入るにはまだ早すぎる。したがって、もし今、都に災いが続いているとするなら、それは厄期によるものとは考えにくいのです」  磨見ノ国は天涛大神の神体である祈依川、そして神官の執り行う儀によって、邪気から守護されている。しかしそれでもなお、各地には数年から数十年おきに、邪気が多く現れる時期が来る。この期間のことを、神事に(たずさ)わる者達は厄期と呼びならわしていた。  璃久扇には国のすべての神社を統括し、天涛大神を祀る大社がある。  その上、都中に祈依川の流れが張り巡らされていた。  そのため他の地よりも強力に守られており、大社の倉に数百年前より蓄積された記録書によれば、厄期が訪れるのはおよそ五十年おきに一度とされているのだった。  和音の言わんとしていることは、まもなく琴杷にも理解できた。  もし、璃久扇の災いが厄期のせいではないのなら―― 「じゃがそうなると、これは璃久扇だけに留まる問題ではなくなってしまう」 「そうです。だから私は今、こんなにも真面目な顔をしているのですよ。厄期でもないのに璃久扇に邪気が多発しているとなれば、考えられる原因は一つしかありませんから」 「祈依川を……天涛大御神(あめなみのおおみかみ)(おびや)かす存在がある、ということか」  それきり、和音と琴杷はしばし、険しい表情で沈黙した。  すると直後、張り詰めた空気を揺るがそうとするかのように、折しも外を吹く風が強まり、社務所内を大きく揺らす。  屋根や壁が(きし)む音に、琴杷は顔をしかめた。 「なんじゃ、やはり風が強くなってきおった」 「あぁ、これでは、明日は大掃除になりそうですね。こんな時に真幌がいないとは――」  その時、かしゃん、と固い物が畳にぶつかる音が響き、和音の声を遮った。  音のした方向に目を遣りながら、琴杷が言う。 「おい、和音。そこの棚。何やら物音がしたぞ」 「おやまぁ、棚の整理はきちんとしているつもりだったのですがねぇ……何が落ちたんでしょう……と、おや」  どうやら、風を受け室内が震動した弾みに、棚から落下したようだ。  畳の上に放り出された物を拾い、和音はしみじみと言った。 「これはまた、ずいぶんと懐かしい物が出てきたものですね」 「何じゃ、その()びかかった物体は?」  琴杷も興味を抱いたらしい。座したまま背を伸ばし、和音の手元を覗こうとする。  和音は囲炉裏端、琴杷の向かいに胡座(あぐら)をかくと、その手中を広げて見せた。 「古い錠前です。琴杷も、もしかすると見覚えがあるのではありませんか?」 「見覚え? ……あぁ、確かにあるぞ。いつぞやに、この錠前に妙な気配が残っておるとかで、おぬしが儂に見せてきたことがあったな」  それは、すでに壊れた錠前だった。  十年は前に作られた物であり、古いせいかあちこちが錆びかかっている。  もはや使い物にはならないその錠前を、和音が処分することなく残しておいたのには理由がある。 「そうです。これは十年前、私がこの神社を見つけて整備を始めたばかりの頃に、賽銭箱に取りつけておいたものだったのですよ。相当長い間、管理する神官がいなかったせいか、ここは当時、ひどい荒れようでしたがね。それでもあなたは集落の人々に(まつ)られていて、賽銭箱にも幾らか入っていた。だから、すぐに錠前を用意したのですが……まぁ、この通り、すぐに何者かに破壊されてしまったわけです」 「そうじゃったな。この壊れようが異常じゃとおぬしが言っていたのを覚えておるぞ。人ならざる者の仕業(しわざ)のようじゃとな」 「あの時の賽銭泥棒には真幌も一枚噛んでいたようでしたが、言うまでもなく、真幌にこんなことをしでかすような力はありません。ですので必然的に、これをやったのは真幌があの日に会ったという謎の人物ということになるわけですが……」 「おぬしは、その謎の人物とやらが残していった気配に、何か心当たりがあるとも言っておったな」 「ええ。まさかそんなはずが、と当時は思いましたし、その後、このあたりに特に異変が起きることもなかったので、錠前のことは長いこと忘れていたのですが……しかし今でも、こうしてこれを見ると思い出さずにいられないのですよ。二十五年前の大惨事――鳴神の災禍を、ね」
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