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ぎしり
楽でもなければ苦でもない、簡素な事務椅子は父の特等席であったところ。
幼い頃はここで父の膝に抱かれたこともあったらしい、写真が物語っていた思い出。それが記憶のなかでは妹と父との光景へと変わる。
妹がふざけすぎて珈琲を溢し、父母にどやされた記憶。
画ビョウ箱をひっくり返してしまい、必死でかき集めているうちに膝に刺してしまった痛み。
そう言えば興味本位でよくわからないままにホッチキスを手のひらに突き刺したこともあった。今思えばなんと恐ろしいことか。
書き初めも毎年していたな。
文房具を毎年買い換えられるのは密かな自慢でもあった。
そんな日常的なくだらない、それでいてとても大切な記憶が溢れては消えていく。
父がいて、母がいて、妹がいて、僕がいる。そんな当たり前の生活から父の姿は失われてしまった。
姿は失われても、けして消えない最後の記憶。それは父の遺言。
「すまない。すまないな。
ママと二葉のこと、頼むぞ。」
掠れた声を振り絞り、父は僕にそれだけを言い残した。
それはきっと男と男の約束だったのだ。
決意を新たに2階へと戻る。
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