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2/脳筋勇者の誕生
「断る」
唐突に世界から魔法が喪われた日から2日。首都から徒歩で丸一日ほどかかるフレジア村の外れ、森の中にひっそりと佇む一軒家の居間にあたる部屋で、僕は頭を垂れていた。相手は、この家に住む「魔法が使えない男」チャルだ。
「俺は今まで、魔法が使えずとも、ここで暮らしてきた。世界から魔法が喪われようが、俺には関係がない。ここで、今まで通りの暮らしをするだけだ」
筋骨隆々なチャルの傍らには、小柄な老婆。彼女はチャルの祖母で、ミドラという名だそうだ。
「しかし、魔法が喪われ続ければ、ほぼ自給自足の生活とはいえ、それなりの影響は受けるだろう。村の魔物除けは機能しなくなっているはずだし、河川の管理にも影響が出る。魔法が喪われているせいで観測ができていないが、魔王の封印も解けているはずだ。早急に最果ての地の女神を訪ね、説得し、世界に魔力を戻してもらわなければ、この世界は滅びる」
「……しかし……」
「装備や、必要な物はいくらでも言ってくれ、との王や関係国の有力者様方からの通達だ。国どころか、世界の危機だからな。恐らく、説得に成功した暁には、身に余るほどの褒美も出るだろうさ」
それでも受けないとでも? という圧を込めてみたのだが、チャルには全く響かず、未だ渋い顔をしている。
「何が問題なんだ。土地なら、村の者に保存してもらえるように声をかけ、管理を委託する。必要なら援助も出せるはずだ」
「……祖母を、ここに置いては行けない」
「……なるほど」
「俺がいなければ、魔物を追い払う事も、日々の水汲みも、畑の管理も行き届かないし、この家は、火を熾すだけでもひと苦労だ。たとえ、畑の方は村の人たちに入ってもらう、と言っても、彼らにだって各々の暮らしがある。祖母の暮らしまでは頼めない」
「…………なら、」
ここに来るまでに時間はほとんどなかったが、街の人に聞いて回って、チャルの噂はそれなりに集めた。この場所で、ずっと祖母とふたり暮らしだという事、幼少時に、生まれつき魔力を持たず、魔法が使えない体質であると発覚した事。野菜ならば、生産者の魔力の有無がさほど影響しない、という理由で農業に従事している事。魔法を使わずに馬を操り、時々、首都へ野菜を売りに来ている事も。
「君が任務に出ている間、ミドラ殿には、首都にある、ヘラペーの修道院に滞在してもらってはどうだろう」
「えっ」
「君も知っているだろう? 1度参拝すれば寿命が1年延びる、というご利益で有名な修道院だ。傷病者や、身寄りのない者の受け入れもしているから、悪いようにはならない」
「う……ぅぐ……」
さすがに祖母孝行になりそうな事柄には心が揺らぐらしい。実際、ヘラペーの修道院は、人気が高すぎて、滞在したくとも滞在できない、中高年垂涎の参拝先だ。
「私は良いよ。何なら、ここに置いて行っても良い。ただ、お前が後悔しない方を選びなさい」
ミドラ殿にそう言われたチャルは、小さく頷いた。
「正直、世界の魔力が消えたと言われても、魔王が復活していると言われても、実感は湧かない。魔法とは無縁の生だったからな、女神とやらも良く知らない。それでも良いのなら、手伝ってやっても良い」
「! 王立騎士団を代表して、恩に着る」
「大袈裟だなぁ。上の方は、ダメ元の使い切りだと思ってんじゃないのか?」
「え、思ってないが?」
「え?」
「王立騎士団の長は、僕、ハイン・エラスカだ」
「…………うそだ」
「嘘じゃない」
自信満々に答えると、チャルは顔を覆って俯いた。そのままの姿勢で、爆音と呼んで差し支えない声を上げる。
「うっそだろぉおぉおぉ!?」
「嘘じゃない。ただ、この話を受けた君には「勇者」の称号が与えられる。勇者は、条件付きではあるが、騎士団長と同格だ。だから、僕の事は「ハイン」と呼んでくれ」
「えええ……」
「よろしく頼む、勇者殿」
唖然とするチャルの手を取り、僕は無理矢理に握手を交わして微笑んだ。
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