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5/「使える」騎士団長様
あの旅から、1年以上が経ち、今年も春が来た。世界は魔王の封印を諦め、その代わりに魔法を取り戻した。褒賞を貰ったチャルは、ミドラ殿と連れ立ってフレジア村へ戻っていった。褒賞の額は凄まじく、もはや真面目に働かなくとも生きてゆけるくらいのものだったらしいが、チャルは未だ、真面目に野菜を作り、時々、首都に来て野菜を売っているし、時々、僕の所にも顔を出してゆく。
そして僕は。
「ハーイーンー! おーねがぁーい!」
「!?」
執務室のドアを蹴破る勢いで、女神が飛び込んで来た。神でもドアは使うのか、という感心は、昨年の内に異常だとは思えなくなった。
「何ですか、女神」
呆れながら問いかけると、腕の中に布の塊を落とされる。
「ダーリンとハネムーンに行くから! ベイビーちゃんをおねがーい!」
布の中には小さな頭。女神の子供なので、勿論、神の末席だ。
「育児しろ! 育児! っつーか、ハネムーン、何回目だ!?」
「だってー。ベイビーちゃん、ハインに懐いてるんだもーん!」
「僕は他人だぞ!? 自分の子が他人に懐いてるの、普通に嫌だろ……!」
「おー? 何してんだハイン。……って、シエロもいたのか」
「チャル!?」
タイミングが良いのか悪いのか、チャルまでもが執務室に入って来て、しばらく、女神とチャルの簡単な世間話が繰り広げられる羽目になる。
「そっかー。楽しんで来なよ。俺とハインで見てるからさぁ」
「はァ!?」
世間話の流れで、何度目かのハネムーンの間、僕をベビーシッター代わりにしようとしたが、嫌がられていると聞いたチャルが暢気に返事をする。
「ありがとー! お土産、買ってくるねー!」
チャルの言葉を聞いた女神は、とても良い笑顔で、手を振りながら執務室を出ていった。
「どうすんだよ、チャル!」
「言っても赤ん坊だろ? どうにかなるって。ほら高い高ぁーい!」
俺の手から布ごと赤ん坊を引ったくったチャルが、それを上に投げ上げる。ただ、天井が高めの執務室の天井スレスレまでの高い高いは、投げ過ぎだと思う。
「ちょ、ま、やめ……!」
魔王がそうだからなのか、この子供は、興奮すると嵐を呼ぶ。こんな所で泣かれては、重要書類を含む国家機密が、全て水に流れてしまいかねない。
「大丈夫、大丈夫。当たんない程度にしといてるから!」
「外! せめて外でやれぇー!!」
そんな叫びを執務室に響かせた僕は最近、王宮内で「対女神専用騎士団長」と噂されている。
20231104
鳥鳴コヱス
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