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「すまなかった…ペティの代わりに私が謝罪する」
フェレウスはベルベットの赤いソファにぐったりと腰掛けて、疲れ果てた表情で天井を見上げる。
「あっ…いや、私はなんとかそのっ…大丈夫ですっ…!」
(フェレウス様が誰かに掻き回されてこんな風になるなんて…ちょっと驚きかも…)
嵐が一気に去っていった後の空気は居心地が悪い。なんと言ったらいいのか、どんな態度を取ればいいのか戸惑ってしまう。フェレウスは、そんなレミのドギマギした様子に気が付かない訳はなかった。
「とりあえずまぁ…なんだ…さっきの事は、全部忘れろ」なんとまぁ無茶な事を言うのだろうか、この人は。忘れられるはずがないだろう。
「む…無理ですよっ…忘れろだなんてっ…」
「…じゃあ、水に流せ」
「なっ……と、とりあえず…できるだけ気にしないようにします…」
「あぁ…」
二人の間に微妙な空気が流れる。今までレミは、彼のことは冷淡で淡白な、口数の少ない人物だと思っていた。しかし先程の件を含め、少しづつ印象が変わっていく。
(フェレウス様って…割と横暴…それに機嫌が悪いとすぐ顔に出るし…)
「なんだ?何か言いたいことでもあるのか?」
「いっ…いえ、何でもないです」
嵐が去っていったはずなのに、レミの心臓は全然落ち着かない。色んな事が一気に入ってきて、混乱してしまう。なんとか自分を落ち着かせようと深呼吸をした。その後しばらく沈黙が流れたが、フェレウスはその空気を断ち切るように第一声を発した。
「お前…何者なんだ?」
「えっ…?何者って、どういう…」
「さっきも少し話したが、私の左目の傷を治したのは紛れもなくお前だ…その力に覚えは無いのか?」
フェレウスはレミをじっと見つめる。その瞳を…白銀の瞳を食い入るように。淡いオレンジ色のランプに照らされた彼の表情に、レミの鼓動はドクンっと脈を打った。
「そっ、その事なんですけど…私は全く覚えていなくて…私がフェレウス様の左目の傷を治したっていうのは、本当なんですかっ…?」
「やはり自覚なし…か。あの時、お前の中で何かが起きたはずだ。突然お前の体から光が溢れて…その光に包まれた途端、みるみるうちに傷が塞がり回復した…」
何かが起きたはずだと言われても、見当もつかない。そもそも光が溢れるなどと、魔族の持つ魔力のようなものが人間の自分に備わっている訳が無いのだ。そんな非現実的な話が有り得る訳がないと、レミは断固として納得しなかった。
「近くにいた魔族の誰かが、助けてくれたとか…」
「それは無いな…あの力は、魔族の力では無い。あの光、言うなれば妖精族に近い気もするが…妖精族も魔族だ。お前の放った力と魔族の力はまた別物…」
フェレウスは顎にそっと手を添える仕草を見せる。
目線を下に向け、何か考え込んでいる。思い当たる節がないか、どうやら探っているらしい。
その時だった…レミがゆっくりと口を開く。
「ぁ…そう言えば私…不思議な夢?のような…映像?みたいなものを見ることがあるんです。一瞬だけ、頭の中に入り込んできて…」
ふと、レミは思い出したことを口にする。
「夢…?」
「はい…それが現実になる事がたまにあって…正夢って言うにはちょっと違うような気もするんですけど…よく分からなくて」
小さい頃から現在に至るまで、何度か経験したことのある、脳内に一瞬だけ入ってくる映像的なものについて、レミは語りだした。夢であれば、眠っている間に見るもののはず。しかしそれは、起きている間に起こっている。その為、夢である可能性は低い。けれど、それをいざなんと言うのかと聞かれたら、どうにも表現し難い。脳内に瞬間的に入ってくるその映像的な物が、ゆくゆく現実となる事がたまにある程度としか言えなかった。フェレウスと共にダストンに到着した際、彼の目が血に染る映像が見えていたことを、レミはこの時打ち明けた。
「なるほど…まぁ、それだけでは正直なんとも言えないが…もしかしたらそれは、予知能力的なものかもしれんな…」
「予知…能力…?」
レミは頭の上に疑問符を浮かべると、怪訝な表情で首を傾げた。
「確かに人間は、魔族のような魔力は持っていない。だが、稀に変わった力を持つ人間もいる。と言っても、魔力に対抗できる程の力ではない。人間が本来持っている五感が他者より優れていると言う程度だ。その様な力を持つ者たちが集まる組織を、私は知っている…」
レミが住んでいる人間界には、二つの警察組織が存在する。一つは、民間の警察組織。窃盗、暴力、殺人など、人間が引き起こした法律に反する事案を取り締まるもの。そして二つ目は、国が独自に作り出した特殊事件捜査部隊、通称SIUと言う組織だ。特殊事件捜査部隊に属している人間は、どうやら”特殊能力”を用いて魔族が絡む事件を取り締まっているらしい。特殊能力を持っている人間という非現実的な話に対して、レミが訝しむのも無理はない。フェレウスが言うには、魔界にも似たような警察組織が存在しており、その組織と特殊事件捜査部隊は繋がりがあるとのこと。フェレウスが担っている普段の仕事も、その者たちが常時関わっていると言うのだ。
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