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エピローグ
「行ってしまわれるのですね…お気をつけて、行ってらっしゃいませ」
「ペティは寂しいですわぁ〜〜せっかく可愛いレミ様とお会いできたと言うのに…」
昨夜はファウスト城で一夜を過ごした。快適なベッドで眠ることができ、レミの体調は万全だ。フェレウスは、先日の事件についての報告がまだ済んでおらず長居する訳にもいかないと言って、人間界に戻る支度を進めている。あと数十分も経たない内にこの城を出ることになるだろう。
フェレウスを待っている間、レミはファウスト城の窓から空を眺めていた。薄紫色の魔界の空は、人間界の明け方の空と差程変わらなかった。魔界という所は、もっと空気が淀み、暗黒渦巻く世界なのだと勝手な印象を持っていたが、その読みは外れてしまった。
「魔界の空って、素敵ですね…特に、星が綺麗に見えるので…私は好きです」
「えぇ〜〜…そんなこと仰られるんだったら、もういっその事ずっとここに…」と、ペティは唇を尖らせながら駄々をこねている。レミとフェレウスの二人が居なくなることを惜しみ、引き止めたくて仕方がないのだろう。そんなペティの肩に、ブエルはそっと手を置いた。振り返るペティは、ブエルが首を左右に振るのを見て、残念そうにため息をつく。
「きっとまた、近いうちに会えますよ」
レミはそう言って、ブエルとペティ二人と目を合わせて優しく微笑んだ。白銀のその瞳が、光を反射してきらりと光る。
「本当にレミ様の瞳はお美しいですね…気を抜くと吸い込まれてしまいそうですわぁ〜…」
ペティはレミの瞳を食い入るように見つめ、うっとりとした表情で頬を染めた。そしてペティは、じりじりとレミに近づいていく。危険な香りを感じたレミは一歩後ずさるが、またもや勢いよく抱き締められてしまった。押し倒されそうになったが、何とか足に力を入れて踏ん張るレミ。
「こらペティ、いい加減にしなさいっ!はしたないですよ...!」
ブエルから注意を受けるもお構い無しで、レミに頬ずりをする。その時だった。
「おい、ペティ…いい加減にしろと何度言わせればいいんだ?」
怪訝な表情をしたフェレウスが、つかつかと部屋に入ってきた。どうやら仕度が済んだらしい。
そしてペティは、またもやべりっと引き剥がされてしまった。
「あんっ...フェレウス様ってば強引なんだからぁ〜…でも、その強引さに興奮し…」
ペティが言葉を言い切る前に、フェレウスはレミの耳を両手で塞いだ。余計なことを耳に入れるなと言うことなのだろう。しかしレミは、フェレウスに突然触れられ、体をびくっと震わせた。
「...すまない、驚かせたか...」
「い、いや...大丈夫ですっ...」
先日のことを忘れた訳では無い。急に触れられたり、何かしら物音がしたりすると、どうしても体が怯えて反応してしまうらしい。しかしこればかりはもう、時が過ぎて過去を受け入れられるようになるまでどうする事も出来ない。
「フェレウス様に触れられるのは...怖く...ないです...」と、レミは声を震わせながら小さく呟いた。少しだけ潤んだ白銀の瞳が、上目遣いでフェレウスを見つめる。
その時、彼は何かに驚いたのか、少しだけ目を丸くした。そしてペティは、瞳を輝かせながらソワソワし始める。ブエルはと言うと、なんとも言えない表情でコホンと一つ咳払いをした。その妙な空気感に違和感を覚えたレミは、小首を傾げて見せた。
「あの...わたし何か、変なこと言いましたか...?」
「...いや、言っていない」
と、フェレウスは何故かぶっきらぼうに言い放った。よく分からないが、この一瞬で不機嫌になってしまったらしい。
(...フェレウス様って、よく分からないなぁ...)
「今のは気にするな。ブエル、ペティ、私はそろそろ行く...後は任せたぞ、他の者たちにもよろしく伝えてくれ」
「はい、かしこまりました」
「寂しいですが、任されましたわぁ〜」
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