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だけどほんの少しの不安を目敏く察して私を問い詰める恭輔の言葉の前に嘘はつけなかった。
「俺、怒っているんじゃないよ。心配しているんだ、杏奈のこと」
「……うん」
「何かで心を痛めているならそれを無くしたいと思っているだけだから」
「うん、うん」
「だから何か悩んでいるならいってごらん」
「……うん」
そうして私は恭輔の前でただの子どものように泣きじゃくってしまったのだった。
カラオケルームなのに何の曲も流れていなかった。ただ私の鼻声気味の言葉が響き、やがてそれも消えると少しの間、恐ろしい程の静寂が辺りを包んだ。
そんな中恭輔の呆れた声が室内に響いた。
「はぁ……阿呆らしい」
「あ、阿保らしいって」
「杏奈、そんな言葉なんかで悩んじゃ駄目だよ」
「え」
「どうしてその場でキッチリ断って止めを刺さなかったのかな」
「だって恭輔が会社を辞めさせられたらと思ったら」
「そんなの、出来る訳ないだろう。いくら一橋が社長の息子だからってそんな理由で社員を解雇出来るほどままごと企業じゃないよ」
「で、でも」
「大丈夫。杏奈はもう何も心配しなくていいよ」
「……恭輔」
「全く……あいつがそこまで愚かだとは思わなかった」
「!」
小さくボソッと聞こえた恭輔の言葉がとても凄味があって一瞬ゾクッとした。此処にはいない誰かに向けられた言葉だと思うと余計に身震いした。
(久しぶりに恭輔の黒い言葉、訊いたかも)
いつもの優し気なほんわか恭輔も好きだけれど、たまに見せる悪い感じの恭輔も好ましく思ってしまっている私は体が熱くなるのを感じた。
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